拝啓 井門義博です
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川崎峰男さん逝去
10年02月19日 12:09:00 | 海外蒸機2010年2月14日 癌と闘っていた川崎峰男さんが亡くなりました。(享年59歳)
17日通夜
18日(昨日)告別式
と、親族・身内に見送られ旅立たれました。
親族代表としてご挨拶された弟さんからは
*小さい時に御殿線に連れて行かれた事
*模型屋に鉄道部品を買いに行った事
*兄は言いたいことは言い、やりたい事はやった
*正月は中国の北の方へ家族をほっぽり出して1回や2回ではなく、何回も出掛けていた事
などのお話があったそうです。
私達鉄仲間はご家族も落ち着かれた頃お線香を上げに行こうと言う話になっております。
川崎さんは昭和49年慶大卒ですが慶大鉄研には所属しませんでした。
理由は「人生を棒に振るから」とのことでした。
しかし、海外に現役蒸機を求めて旅をするようになったということは「その当時の目算とは違った」ということかと思います。

2005ー09ー10 22:26 中国鉄大宴会での川崎峰男さん 思えばまだ癌は発見されていません。

2005ー09ー10 22:25 中国鉄大宴会集合写真前列右から3番目いかにも川崎さんらしい!
川崎さんは宣告を受けた時「末期癌」だということでした。
本人は宣告を受け、助からないと知ってから4年近くの日を過ごした事になります。

2006ー07ー14 22:19 海外鉄仲間との宴会での川崎さん
この時点で既に「末期癌」の宣告を受けていたわけです。

2006ー10ー28 21:56 中国最後的写真展で挨拶に立った川崎さん。隣は数十年来の鉄友大谷連隊長

2006ー10ー28 22:34 プロカメラマン小竹直人さん太田琢浩さんを中心とした若手「中国鉄」の合同写真展、中国最後的写真展打ち上げの集合写真です。
川崎さんから皆に一斉に配信された癌宣言のメールを2通と私がその後貰った1通を紹介致します。
Sat, 5 Apr 2008
川崎です。最近は諸会合にことごとく欠席しており、皆様にはご無沙汰しております。あまり言いたくはないし、言うべきか否か迷ったのですが、実は病気療養中です。
ちょうど二年前・・・一昨年(2006年)の春に末期癌に侵されていることが判明しました。自覚症状はほとんどなく、それから一年間は仕事もまあ普通と言える程度にこなしていました。この年の夏には浅野氏とともに河南省建材廠、英豪炭鉱などを旅し、冬には大谷隊の鶴岡・鶏西方面の撮影行に参加しました。癌を承知の強行軍、炎暑と極寒、今考えるとよく無事に帰国できたものです。
一年経過した昨年(2007年)三月ごろから転移した骨の痛みが顕在化してきました。夏に向かって徐々に症状が悪化し、8月には激痛に見舞われ入院を余儀なくされました。以降一進一退の状態が続き、ぼちぼちですが勤務を続け、秋までは皆様との飲み会にも参加することができました。しかし、この三月になって体調が急変し、中旬から歩くことさえ困難になってしまいました。先々週から会社を休んでいます。
癌が背骨に転移しており、その腫瘍が大きくなって脊髄の神経を圧迫し、下半身の神経を麻痺させているのだそうです。考えたくはありませんが、寝たきりになることも現実の問題になってきました。現役蒸気機関車の絶滅を目前に、それと軌を一にするがごとく人生の終末期を迎えることになりそうです。在宅療養のため、家族に負担をかけることが心苦しい限りです。
大谷氏、山本氏、蔵重氏の知遇を得てから30年を超えました。小生が初めてグループで「海外鉄」に参加したのは1989年の中国大谷隊です。もともと単独行が多く、サークルにも所属せず、「鉄」方面の交遊範囲は狭かったのですが、皆様との交流はまことに楽しく、お会いするのが楽しみでした。国鉄のカマがなくなった時は最早これまでと茫然自失に陥ったものです。その後かくも長きに渡り、21世紀までカマを追いかけているとは思いもよりませんでした。このようなことができたのも良き仲間がいたお蔭、これまでのご厚誼に深く感謝申し上げる次第です。
これまで作品の発表は定年後にでも、と考えていましたが、病がそれを許さず、「小西信三」名で国鉄時代誌に拙作を発表する機会を与えていただきました。彼にはもう少し活躍してもらいたかったのですが、前作「山線逍遥雑記帖」が絶筆(僅か三回の執筆で絶筆は大げさですね)となりそうです。
いつガクッと来るか判らない状況にあり、無言でお別れするのもあまりに無愛想かなと思いまして一筆認めました。皆様のご多幸とますますのご健闘を祈念しております。家族と健康あっての煙趣味です。皆様ご家族とお体を大切に。
川崎 峰男 拝
Tue, 5 May 2009
ご無沙汰です。bcc同報で失礼します。GWは海外に国内にご活躍のことと存じます。私は今自宅近くの病院に入院しています。退院した後は自宅で訪問診療・訪問介護を受ける、というのが目論見ですが、 実は激しい痛みのため寝たきりに近い状態にあります。もはや病気を治すことより痛みの緩和が第一の目標で、終末期医療の段階です。こうなっては、鈍い私でも、もう余命幾ばくもないとわかります。皆さんには、長い方では40年に渡ってお付き合いいただき、本当にありがとうございました。病気になると、時の経つのが早いですよ。私が末期癌を告知されたのは3年前。車椅子になって余命半年と言われたのが昨年3月。その時皆さんに癌である旨お知らせしましたが、その後一年はもったことになります。定年退職目前にして、しておけば良かったと思うことばかりです。これは自分にとって痛恨事であるばかりでなく、女房子供に対して、もっと済まない思いです。C社を早期退職され、鉄に打ち込んでおられるKさんの生き方がうらやましい限りです。しかし、鉄の面では最後の10年は中国を中心に楽しく過ごさせてもらいました。01や欧米、豪などの保
存機には手が回りませんでしたが、シェイ、ガラット、無火を見られたことで満足すべきでしょうね。日本ではC51はどうしても見たかったなあ。もう5ないし10年早く生まれていないと無理ですけどね。思い出す光景は沢山ありましたが、最近忘れてしまうことが多い。何故か空は碧、山の稜線は白、斜面には残雪、雲薄く風爽やか・・・そんな早春の1コマが楽しく思い出されます。現役蒸機はほとんど絶滅ですが、皆様にすればご活躍の機会はまだまだ多いと存じます。ご健勝をお祈りします。
Wed, 13 May 2009
>川崎さんがC51に逢えなかったのが心残りとおっしゃっている件に話が及ぶや蒸機の美しさとはなんぞやという議論が沸騰・・・いいですね。私なんぞの話から蒸機談義が盛り上がるのは大いに結構。余談ですが、好きな順番に挙げればC53C51C60の順かな。C53はどうしたって見られる機会はないから、後悔もしようがない。C59でなく60なのが少々ひねくれたところ。59のデカ過ぎるキャブが尻餅をつきそうで。それと、C51同様あと数年早く生まれていればC60の「はつかり」を小繋で・・・妄想ですな、こりゃ。

小西信三 常紋三山 国鉄時代№2より

小西信三 山線逍遥雑記帖 国鉄時代№11より

小西信三 山線逍遥雑記帖拾遺 国鉄時代№20より

国鉄時代№20は去る12月に発売されたばかりです。
このほかに№15に続山線逍遥雑記帖、さらに№1にも寄稿されて居ます。
共通の友人でもある国鉄時代編集の山下修司さんからです
川崎さんは函館本線山線には格別の思い入れがあって、
『国鉄時代』掲載の「山線逍遥雑記帳」「続山線逍遥雑記帳」「山線逍遥雑記帳拾遺」は元気なうちになにか形にしようと病床で写真をセレクト、文を添えていただいたものです。
「絶筆」となった「山線逍遥雑記帳拾遺」は、もう文が書けないというので、
電話で写真データを伺って写真キャプションを付けました。
そのやりとりが川崎さんの声を聞いた最後でした。
最後にいただいたメールは下記のものです。
《本日国鉄時代拝受しました。いつもありがとう。C62全機特急牽引の企画が成立したのは良かったですね。一つ欠けても成り立たないから大変だったろうと拝察しました。20号は記念号にするのかなと思っていましたが、それもなく地味な扱いですね。ボリュームといい、内容といい、記念号の資格は十分あるのに。山科のC51などをもっとドーンとでかく載せて、雑記帳なんかボツか次号まわしにすればいいんです。
5年間貴誌にはお世話になりました。小西信三ともども厚く御礼申し上げます。今後のご発展をお祈りします。》
毒舌・辛口が川崎さんのスタイルですが、最後にお褒めいただき、嬉しい限りです。
川崎さんの冥福をお祈り致します。
17日通夜
18日(昨日)告別式
と、親族・身内に見送られ旅立たれました。
親族代表としてご挨拶された弟さんからは
*小さい時に御殿線に連れて行かれた事
*模型屋に鉄道部品を買いに行った事
*兄は言いたいことは言い、やりたい事はやった
*正月は中国の北の方へ家族をほっぽり出して1回や2回ではなく、何回も出掛けていた事
などのお話があったそうです。
私達鉄仲間はご家族も落ち着かれた頃お線香を上げに行こうと言う話になっております。
川崎さんは昭和49年慶大卒ですが慶大鉄研には所属しませんでした。
理由は「人生を棒に振るから」とのことでした。
しかし、海外に現役蒸機を求めて旅をするようになったということは「その当時の目算とは違った」ということかと思います。

2005ー09ー10 22:26 中国鉄大宴会での川崎峰男さん 思えばまだ癌は発見されていません。

2005ー09ー10 22:25 中国鉄大宴会集合写真前列右から3番目いかにも川崎さんらしい!
川崎さんは宣告を受けた時「末期癌」だということでした。
本人は宣告を受け、助からないと知ってから4年近くの日を過ごした事になります。

2006ー07ー14 22:19 海外鉄仲間との宴会での川崎さん
この時点で既に「末期癌」の宣告を受けていたわけです。

2006ー10ー28 21:56 中国最後的写真展で挨拶に立った川崎さん。隣は数十年来の鉄友大谷連隊長

2006ー10ー28 22:34 プロカメラマン小竹直人さん太田琢浩さんを中心とした若手「中国鉄」の合同写真展、中国最後的写真展打ち上げの集合写真です。
川崎さんから皆に一斉に配信された癌宣言のメールを2通と私がその後貰った1通を紹介致します。
Sat, 5 Apr 2008
川崎です。最近は諸会合にことごとく欠席しており、皆様にはご無沙汰しております。あまり言いたくはないし、言うべきか否か迷ったのですが、実は病気療養中です。
ちょうど二年前・・・一昨年(2006年)の春に末期癌に侵されていることが判明しました。自覚症状はほとんどなく、それから一年間は仕事もまあ普通と言える程度にこなしていました。この年の夏には浅野氏とともに河南省建材廠、英豪炭鉱などを旅し、冬には大谷隊の鶴岡・鶏西方面の撮影行に参加しました。癌を承知の強行軍、炎暑と極寒、今考えるとよく無事に帰国できたものです。
一年経過した昨年(2007年)三月ごろから転移した骨の痛みが顕在化してきました。夏に向かって徐々に症状が悪化し、8月には激痛に見舞われ入院を余儀なくされました。以降一進一退の状態が続き、ぼちぼちですが勤務を続け、秋までは皆様との飲み会にも参加することができました。しかし、この三月になって体調が急変し、中旬から歩くことさえ困難になってしまいました。先々週から会社を休んでいます。
癌が背骨に転移しており、その腫瘍が大きくなって脊髄の神経を圧迫し、下半身の神経を麻痺させているのだそうです。考えたくはありませんが、寝たきりになることも現実の問題になってきました。現役蒸気機関車の絶滅を目前に、それと軌を一にするがごとく人生の終末期を迎えることになりそうです。在宅療養のため、家族に負担をかけることが心苦しい限りです。
大谷氏、山本氏、蔵重氏の知遇を得てから30年を超えました。小生が初めてグループで「海外鉄」に参加したのは1989年の中国大谷隊です。もともと単独行が多く、サークルにも所属せず、「鉄」方面の交遊範囲は狭かったのですが、皆様との交流はまことに楽しく、お会いするのが楽しみでした。国鉄のカマがなくなった時は最早これまでと茫然自失に陥ったものです。その後かくも長きに渡り、21世紀までカマを追いかけているとは思いもよりませんでした。このようなことができたのも良き仲間がいたお蔭、これまでのご厚誼に深く感謝申し上げる次第です。
これまで作品の発表は定年後にでも、と考えていましたが、病がそれを許さず、「小西信三」名で国鉄時代誌に拙作を発表する機会を与えていただきました。彼にはもう少し活躍してもらいたかったのですが、前作「山線逍遥雑記帖」が絶筆(僅か三回の執筆で絶筆は大げさですね)となりそうです。
いつガクッと来るか判らない状況にあり、無言でお別れするのもあまりに無愛想かなと思いまして一筆認めました。皆様のご多幸とますますのご健闘を祈念しております。家族と健康あっての煙趣味です。皆様ご家族とお体を大切に。
川崎 峰男 拝
Tue, 5 May 2009
ご無沙汰です。bcc同報で失礼します。GWは海外に国内にご活躍のことと存じます。私は今自宅近くの病院に入院しています。退院した後は自宅で訪問診療・訪問介護を受ける、というのが目論見ですが、 実は激しい痛みのため寝たきりに近い状態にあります。もはや病気を治すことより痛みの緩和が第一の目標で、終末期医療の段階です。こうなっては、鈍い私でも、もう余命幾ばくもないとわかります。皆さんには、長い方では40年に渡ってお付き合いいただき、本当にありがとうございました。病気になると、時の経つのが早いですよ。私が末期癌を告知されたのは3年前。車椅子になって余命半年と言われたのが昨年3月。その時皆さんに癌である旨お知らせしましたが、その後一年はもったことになります。定年退職目前にして、しておけば良かったと思うことばかりです。これは自分にとって痛恨事であるばかりでなく、女房子供に対して、もっと済まない思いです。C社を早期退職され、鉄に打ち込んでおられるKさんの生き方がうらやましい限りです。しかし、鉄の面では最後の10年は中国を中心に楽しく過ごさせてもらいました。01や欧米、豪などの保
存機には手が回りませんでしたが、シェイ、ガラット、無火を見られたことで満足すべきでしょうね。日本ではC51はどうしても見たかったなあ。もう5ないし10年早く生まれていないと無理ですけどね。思い出す光景は沢山ありましたが、最近忘れてしまうことが多い。何故か空は碧、山の稜線は白、斜面には残雪、雲薄く風爽やか・・・そんな早春の1コマが楽しく思い出されます。現役蒸機はほとんど絶滅ですが、皆様にすればご活躍の機会はまだまだ多いと存じます。ご健勝をお祈りします。
Wed, 13 May 2009
>川崎さんがC51に逢えなかったのが心残りとおっしゃっている件に話が及ぶや蒸機の美しさとはなんぞやという議論が沸騰・・・いいですね。私なんぞの話から蒸機談義が盛り上がるのは大いに結構。余談ですが、好きな順番に挙げればC53C51C60の順かな。C53はどうしたって見られる機会はないから、後悔もしようがない。C59でなく60なのが少々ひねくれたところ。59のデカ過ぎるキャブが尻餅をつきそうで。それと、C51同様あと数年早く生まれていればC60の「はつかり」を小繋で・・・妄想ですな、こりゃ。

小西信三 常紋三山 国鉄時代№2より

小西信三 山線逍遥雑記帖 国鉄時代№11より

小西信三 山線逍遥雑記帖拾遺 国鉄時代№20より

国鉄時代№20は去る12月に発売されたばかりです。
このほかに№15に続山線逍遥雑記帖、さらに№1にも寄稿されて居ます。
共通の友人でもある国鉄時代編集の山下修司さんからです
川崎さんは函館本線山線には格別の思い入れがあって、
『国鉄時代』掲載の「山線逍遥雑記帳」「続山線逍遥雑記帳」「山線逍遥雑記帳拾遺」は元気なうちになにか形にしようと病床で写真をセレクト、文を添えていただいたものです。
「絶筆」となった「山線逍遥雑記帳拾遺」は、もう文が書けないというので、
電話で写真データを伺って写真キャプションを付けました。
そのやりとりが川崎さんの声を聞いた最後でした。
最後にいただいたメールは下記のものです。
《本日国鉄時代拝受しました。いつもありがとう。C62全機特急牽引の企画が成立したのは良かったですね。一つ欠けても成り立たないから大変だったろうと拝察しました。20号は記念号にするのかなと思っていましたが、それもなく地味な扱いですね。ボリュームといい、内容といい、記念号の資格は十分あるのに。山科のC51などをもっとドーンとでかく載せて、雑記帳なんかボツか次号まわしにすればいいんです。
5年間貴誌にはお世話になりました。小西信三ともども厚く御礼申し上げます。今後のご発展をお祈りします。》
毒舌・辛口が川崎さんのスタイルですが、最後にお褒めいただき、嬉しい限りです。
川崎さんの冥福をお祈り致します。
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