拝啓 井門義博です
拝啓 井門義博です
C57144_[岩一]明日発売
12年09月20日 23:52:00 | 鉄道模型連日連夜死ぬほど忙しい日々が続き、何も出来ない状況です。
沖縄、北海道報告を差し置いてストリートオーディションライブの報告をしたいのですが、写真の現像が大変でなかなか進展していません。
Nikon D800を使ってRAWで撮ったのですが、現像前で70~80メガ、現像したjpegで20メガ(普通はせいぜい3メガ)も有り難渋しています。
それを差し置いて、明日発売のIMON製品があるので、此処では割り込み紹介致します。
少し用語の説明が有りますので以前の説明とダブるかもしれませんが最初から蒸汽機関車C57について述べます。
(ウィキペディアの解説が「まだまだ」なので・・・)
蒸汽機関車は軸配置によって性質→使用目的がはっきりしてきます。
“パシフィック”は2-C-1という軸配置を表わします。 (米国式表記;4-6-2)
(“パシフィック”といった命名をするのは米国式で米国のメーカーが太平洋の向こうNZから受注した形態なので“パシフィック”と呼ばれるようになりました)
先輪;2軸 動輪;3軸 従輪;1軸です。
“パシフィック”は急行旅客用機関車です。
旅客用機関車ではありません、急行旅客用機関車です。
遊輪は1つといえども無駄に付けたくないからです。
先輪2軸は「先台車構造(ボギー)である」事を表わします。
先輪一軸ではダメ、先台車構造、ボギー構造でなくてはダメなのは高速機関車だからなのです。
だから“パシ”は100%急客機として設計されています。
急客機はアメリカン(2-B)に始まり、
テンホイラー(2-C)とアトランティック(2-B-1)に分かれてからパシフィックに至って完成形らしくなり、更に行くとハドソン(2-C-2)になり、更に行くとノーザン(2-D-2)に至ります。
マウンテン(2-D-1)という半端モノもありますが、それは特異な事情(石炭が高カロリーで二軸従台車が必要無い)によるもので少数派でしか無く、名前からして急客機と無関係です。(結果論ではバークシャー「1-D-2」こそがマウンテンという名称に相応しいという別の問題もありますが)
(これらは「私の意見」ではなく「知っている」か「知らない」かだけのレベルかと思います)
パシフィックは急客機です。
そのパシフィックに「ライト」という言葉が付いたのです。
その言葉は「ライトパシフィック70」という写真集が発売されてから一気に広がりました。
大御所達は怒りました。
何故かというと、その後、共通運用されるほぼ同じ能力のC51、C54、C55、C57がライトパシフィックとして纏められてしまったからです。
(C51まで「いっしょくた」にした事、そうなりそうな名前を付けた事が怒りの対象)
(ライパシ70にはC55とC57しか載っていませんのですが・・・)
C51という機関車は、登場当時画期的な大型機関車でした。
急行旅客用機関車としてだけでなく、多分それまで日本に有った全ての機関車より大きく、狭軌鉄道最大の動輪を採用して東海道本線の花形列車牽引のために作られたのです。
C51はライトパシフィックですか? → どうみてもライトパシフィックではありません。
しかし
1920年頃から、世界中の鉄道客車は「木造」から「鋼鉄製」になりました。
客車が重くなったのです。
C51では能力不足となりました。
そこで
C52を輸入、
それを参考にしてC51よりひとまわり大きなパシフィックC53を97両も作りました。
最大、最先端の急客機はC53になりました。
だからといって16tの軸重に耐えられるように日本中の国鉄路線を強化する事は出来ません。
重幹線以外は少し編成が短いですからC51で充分です。
そして C54 が登場します。
C54はC53を置換える機関車ではなく、C53が入れない乙線丙線に入線出来る急客機です。
C51と共通で使える性能とC51が入れない「更に低規格の路線」にも入れる軽軸重の「両立」を狙ったのです。
これは「ライトパシフィック現る」として良いと思います。
だから
C51はライトパシフィックではないです。
C54はライトパシフィックです。
(両者は共通運用されていましたがそれは結果です・・・設計した時の思想は違うものだったのです)
ライトパシフィックが存在するのは日本とドイツぐらいではないでしょうか。
S3/6 ⇒ C51
01 ⇒ C53
03 ⇒ C54
です。
ドイツでは03の開発が遅れ、不足するライパシを補充する目的でS3/6の追加生産までしました。
日本に於ける「ライトパシフィック」の歴史は
昭和6年 C54(1~17)が登場
(C51より最大軸重で1.34t軽量化)
昭和10年2月 C55一次型(1~19)
(日本蒸機の近代的標準スタイルに移行)
昭和10年12月 C55二次型(20~40=流線型)
(18mターンテーブルに対応、全軸距を240mm縮小)
昭和12年2月 C55三次型(41~62)
(下回りは二次型と共通、運転室床が105mm高い)
昭和12年3月 C57一次型(1~138)
製造途中のC5563・64が新形式「C57」として落成しました。
結果的にC57が日本のライトパシフィックの最終形式になりました。
C55/C57の相違点;
● ボイラー使用圧力の上昇(14→16kg/cm)
● シリンダー直径の縮小(510→500mm)
● D51で採用された箱型輪芯(ボックスポーク)の採用
● 煙室前端部の曲面化
● 蒸気ドーム キセ後端部の傾斜化
● エプロンの傾斜角変更 (45°→55°)
● エプロンに付けられたステップ配置を外股→内股に変更
C55とC57は製造途中での設計変更なので落成日の近さに驚きます。
C5560落成(1937-3-12川崎重工兵庫工場 製番1768)
C5562落成(1937-3-17汽車製造大阪工場 製番1462)
C57 1落成(1937-3-22川崎重工兵庫工場 製番1769)
C55形とC57形は後年になると共通運用となる場合もありますが、蒸気圧16kg/cmは威力絶大で、シリンダー牽引力で
C55 11680kg
C57 12820kg
と大きく違い、例えば名古屋機関区関西本線の定数は
C51・C55 300t
C57 360t
と言う差がありました。
常に20両程度製造され、改良され続けたライトパシフィックはC57一次型(1~138)となって完成形を見ました。

C57144 C57の二次型です。 (従台車はLT154B)
昭和15年、日中戦争が続く中、C57139以降僅かな変更が有りました。 C57二次型(139~169)です。
① 従台車が鋳造(LT154B)→組立式(LT154D)に変更されました。(後の振替あり、一次型でも55~72、87~108は組立式)(153~はLT157)
② テンダー台車が鋳造→板台枠に変更になりました。(テンダー形式も12-17C → 12-17Dと変わりました)
③ 動輪の形状が変わりました。 第二動輪メインロッド取付部脇の二つの穴が「小さな丸穴」→「卵形の丸穴」に変わりました。 例外(C57139)も有りますが四次型にも例外(C57192)があり、卵形の一次型も有りますので振換と見て間違いなさそうです。
C57144はこのC57の二次型なのです。

テンダー台車の板台枠が二次型の一番判りやすい判別点(これも後の振替が有りますが・・・)
車歴;1940-10-19 製造 三菱重工業神戸造船所=314
配属[達814];東京局 配置;高崎
1952-03-26 金沢
1952-00-00 富山
1962-06-00 室蘭
1968-00-00 岩見沢一
1976-03-01 廃車;岩見沢一
保存;北海道岩見沢市「九条東みなみ公園」

デフとボイラーの間の[架線注意]看板が実現しました。
室蘭本線、室蘭~岩見沢間のC57牽引旅客列車は猛烈な走りで知られていました。 各駅停車ですから
表定速度はたいしたことはないですが追分~苫小牧35.6km(途中4駅停車の停車時間含む)を38分で走り、この区間での表定速度は56.2km/Hとなります。
これは同時期の横浜~平塚35.0km(途中4駅停車も同じ)を35分間唸りっぱなしで走る東海道本線111/113系(表定速度60km/H)と比較すれば如何様な走りであったか想像できるというものです。
昭和40年代半ば以降しか知らない世代にとって客車が悲鳴を上げそうな“暴力的な蒸機の走り”を経験できた事は素晴しい幸運だったと思います。
室蘭本線の蒸機客レを担当する岩見沢第一機関区のC57の中で『走る機会が多かった=写真に多く残っている=好調機』代表がC57144です。
密閉改造ではなくカーテンで防寒対策をしていた事や、やや少数派の二次型C57であった事、デフが切詰められて北海道らしさ満開になっていた風貌も印象的な一台でした。

写真(試作車)はカーテンが付いていません。
製品はレジン製のカーテンが付きます。
C57はC55に比べて模型に於いても長大編成、重量列車の牽引の任に当たることが多いと思います。
細いボイラー径という不利を克服するために比重19.25のタングステンをボイラーウェイトに採用して居ります。
硬く、安定して居り、融点も3422°Cと金属の中で最高ですので加工が困難でしたが成形した状態で18.1という比重のウェイトが出来ました。
シリンダーブロック中のウェイトとIMONコアレス1616強力モーターで222レを牽引して爆走する事を期待致して居ります。
沖縄、北海道報告を差し置いてストリートオーディションライブの報告をしたいのですが、写真の現像が大変でなかなか進展していません。
Nikon D800を使ってRAWで撮ったのですが、現像前で70~80メガ、現像したjpegで20メガ(普通はせいぜい3メガ)も有り難渋しています。
それを差し置いて、明日発売のIMON製品があるので、此処では割り込み紹介致します。
少し用語の説明が有りますので以前の説明とダブるかもしれませんが最初から蒸汽機関車C57について述べます。
(ウィキペディアの解説が「まだまだ」なので・・・)
蒸汽機関車は軸配置によって性質→使用目的がはっきりしてきます。
“パシフィック”は2-C-1という軸配置を表わします。 (米国式表記;4-6-2)
(“パシフィック”といった命名をするのは米国式で米国のメーカーが太平洋の向こうNZから受注した形態なので“パシフィック”と呼ばれるようになりました)
先輪;2軸 動輪;3軸 従輪;1軸です。
“パシフィック”は急行旅客用機関車です。
旅客用機関車ではありません、急行旅客用機関車です。
遊輪は1つといえども無駄に付けたくないからです。
先輪2軸は「先台車構造(ボギー)である」事を表わします。
先輪一軸ではダメ、先台車構造、ボギー構造でなくてはダメなのは高速機関車だからなのです。
だから“パシ”は100%急客機として設計されています。
急客機はアメリカン(2-B)に始まり、
テンホイラー(2-C)とアトランティック(2-B-1)に分かれてからパシフィックに至って完成形らしくなり、更に行くとハドソン(2-C-2)になり、更に行くとノーザン(2-D-2)に至ります。
マウンテン(2-D-1)という半端モノもありますが、それは特異な事情(石炭が高カロリーで二軸従台車が必要無い)によるもので少数派でしか無く、名前からして急客機と無関係です。(結果論ではバークシャー「1-D-2」こそがマウンテンという名称に相応しいという別の問題もありますが)
(これらは「私の意見」ではなく「知っている」か「知らない」かだけのレベルかと思います)
パシフィックは急客機です。
そのパシフィックに「ライト」という言葉が付いたのです。
その言葉は「ライトパシフィック70」という写真集が発売されてから一気に広がりました。
大御所達は怒りました。
何故かというと、その後、共通運用されるほぼ同じ能力のC51、C54、C55、C57がライトパシフィックとして纏められてしまったからです。
(C51まで「いっしょくた」にした事、そうなりそうな名前を付けた事が怒りの対象)
(ライパシ70にはC55とC57しか載っていませんのですが・・・)
C51という機関車は、登場当時画期的な大型機関車でした。
急行旅客用機関車としてだけでなく、多分それまで日本に有った全ての機関車より大きく、狭軌鉄道最大の動輪を採用して東海道本線の花形列車牽引のために作られたのです。
C51はライトパシフィックですか? → どうみてもライトパシフィックではありません。
しかし
1920年頃から、世界中の鉄道客車は「木造」から「鋼鉄製」になりました。
客車が重くなったのです。
C51では能力不足となりました。
そこで
C52を輸入、
それを参考にしてC51よりひとまわり大きなパシフィックC53を97両も作りました。
最大、最先端の急客機はC53になりました。
だからといって16tの軸重に耐えられるように日本中の国鉄路線を強化する事は出来ません。
重幹線以外は少し編成が短いですからC51で充分です。
そして C54 が登場します。
C54はC53を置換える機関車ではなく、C53が入れない乙線丙線に入線出来る急客機です。
C51と共通で使える性能とC51が入れない「更に低規格の路線」にも入れる軽軸重の「両立」を狙ったのです。
これは「ライトパシフィック現る」として良いと思います。
だから
C51はライトパシフィックではないです。
C54はライトパシフィックです。
(両者は共通運用されていましたがそれは結果です・・・設計した時の思想は違うものだったのです)
ライトパシフィックが存在するのは日本とドイツぐらいではないでしょうか。
S3/6 ⇒ C51
01 ⇒ C53
03 ⇒ C54
です。
ドイツでは03の開発が遅れ、不足するライパシを補充する目的でS3/6の追加生産までしました。
日本に於ける「ライトパシフィック」の歴史は
昭和6年 C54(1~17)が登場
(C51より最大軸重で1.34t軽量化)
昭和10年2月 C55一次型(1~19)
(日本蒸機の近代的標準スタイルに移行)
昭和10年12月 C55二次型(20~40=流線型)
(18mターンテーブルに対応、全軸距を240mm縮小)
昭和12年2月 C55三次型(41~62)
(下回りは二次型と共通、運転室床が105mm高い)
昭和12年3月 C57一次型(1~138)
製造途中のC5563・64が新形式「C57」として落成しました。
結果的にC57が日本のライトパシフィックの最終形式になりました。
C55/C57の相違点;
● ボイラー使用圧力の上昇(14→16kg/cm)
● シリンダー直径の縮小(510→500mm)
● D51で採用された箱型輪芯(ボックスポーク)の採用
● 煙室前端部の曲面化
● 蒸気ドーム キセ後端部の傾斜化
● エプロンの傾斜角変更 (45°→55°)
● エプロンに付けられたステップ配置を外股→内股に変更
C55とC57は製造途中での設計変更なので落成日の近さに驚きます。
C5560落成(1937-3-12川崎重工兵庫工場 製番1768)
C5562落成(1937-3-17汽車製造大阪工場 製番1462)
C57 1落成(1937-3-22川崎重工兵庫工場 製番1769)
C55形とC57形は後年になると共通運用となる場合もありますが、蒸気圧16kg/cmは威力絶大で、シリンダー牽引力で
C55 11680kg
C57 12820kg
と大きく違い、例えば名古屋機関区関西本線の定数は
C51・C55 300t
C57 360t
と言う差がありました。
常に20両程度製造され、改良され続けたライトパシフィックはC57一次型(1~138)となって完成形を見ました。

C57144 C57の二次型です。 (従台車はLT154B)
昭和15年、日中戦争が続く中、C57139以降僅かな変更が有りました。 C57二次型(139~169)です。
① 従台車が鋳造(LT154B)→組立式(LT154D)に変更されました。(後の振替あり、一次型でも55~72、87~108は組立式)(153~はLT157)
② テンダー台車が鋳造→板台枠に変更になりました。(テンダー形式も12-17C → 12-17Dと変わりました)
③ 動輪の形状が変わりました。 第二動輪メインロッド取付部脇の二つの穴が「小さな丸穴」→「卵形の丸穴」に変わりました。 例外(C57139)も有りますが四次型にも例外(C57192)があり、卵形の一次型も有りますので振換と見て間違いなさそうです。
C57144はこのC57の二次型なのです。

テンダー台車の板台枠が二次型の一番判りやすい判別点(これも後の振替が有りますが・・・)
車歴;1940-10-19 製造 三菱重工業神戸造船所=314
配属[達814];東京局 配置;高崎
1952-03-26 金沢
1952-00-00 富山
1962-06-00 室蘭
1968-00-00 岩見沢一
1976-03-01 廃車;岩見沢一
保存;北海道岩見沢市「九条東みなみ公園」

デフとボイラーの間の[架線注意]看板が実現しました。
室蘭本線、室蘭~岩見沢間のC57牽引旅客列車は猛烈な走りで知られていました。 各駅停車ですから
表定速度はたいしたことはないですが追分~苫小牧35.6km(途中4駅停車の停車時間含む)を38分で走り、この区間での表定速度は56.2km/Hとなります。
これは同時期の横浜~平塚35.0km(途中4駅停車も同じ)を35分間唸りっぱなしで走る東海道本線111/113系(表定速度60km/H)と比較すれば如何様な走りであったか想像できるというものです。
昭和40年代半ば以降しか知らない世代にとって客車が悲鳴を上げそうな“暴力的な蒸機の走り”を経験できた事は素晴しい幸運だったと思います。
室蘭本線の蒸機客レを担当する岩見沢第一機関区のC57の中で『走る機会が多かった=写真に多く残っている=好調機』代表がC57144です。
密閉改造ではなくカーテンで防寒対策をしていた事や、やや少数派の二次型C57であった事、デフが切詰められて北海道らしさ満開になっていた風貌も印象的な一台でした。

写真(試作車)はカーテンが付いていません。
製品はレジン製のカーテンが付きます。
C57はC55に比べて模型に於いても長大編成、重量列車の牽引の任に当たることが多いと思います。
細いボイラー径という不利を克服するために比重19.25のタングステンをボイラーウェイトに採用して居ります。
硬く、安定して居り、融点も3422°Cと金属の中で最高ですので加工が困難でしたが成形した状態で18.1という比重のウェイトが出来ました。
シリンダーブロック中のウェイトとIMONコアレス1616強力モーターで222レを牽引して爆走する事を期待致して居ります。
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