拝啓 井門義博です
拝啓 井門義博です
01逢いたや2014④ネルトリンゲン
14年09月05日 23:57:00 | 海外蒸機お待たせいたしました、ドイツレポート“01逢いたや”の続きです。 毎度の事ながら特記無き写真は水沼先生撮影です。
P;井門
いきなりベンツ組の方です。 アウトバーンのSAで給油です。
道を間違ったりバタバタしながらようやくネルトリンゲンに向かって走り出しました。
(この後も道を間違えます)
P;井門
給油したサービスエリアの売店、観光客らしき日本人を見てしまいびっくりです。
P;井門
これはアイスクリームです。
P;井門
私はこれをいただきます。
P;井門
林先生も走りながら頂きます。
P;井門
大地の起伏がバイエルンらしい雰囲気になってきました。
4.ネルトリンゲン;
再びポルシェに戻りアウトバーンを東へ。
空はますます暗くなり雨が落ちだした。 雨の中を一般道へ降りてひたすらバイエルンの田園風景を行く。 牧草地が延々と続く。 北海道の富良野あたりに似ているが、日本が明治時代に農業技術を欧米から習ったのでこちらが元祖だろう。 小さな村をいくつか過ぎるがお祭りをやっているらしい。 しばらく走るとトラクターにひかれたトレーラーが現れた。 若者が何人も乗っていて宴会をやっている。 阪上さんがカメラを向けると陽気にポーズをとってくれた。 後で聞くとアスパラガスの収穫祭らしい。
阪上さんは初めての渡欧だったがこの風景がずいぶん気に入ったらしい。 シャッターを切りまくっていた。 やがてネルトリンゲンの町が見えだした。
P;井門
ベンツ組もネルトリンゲンに接近です。 城壁の中、旧市街に突っ込んでみます。
(この辺りはもしかすると林先生撮影かも知れません)
P;井門
城壁に
P;井門
接近、通過。
P;井門
旧市街は車では走り難い世界です。
P;井門
高い塔がある教会が見えてきました。 この塔は旧市街の中心にあります。
P;井門
城壁に沿って旧市街からの出口を探します。
P;井門
接近しすぎると長途のバックが必要になったりして危険なので歩いて見に行ってみるとこの先通れません。
その塔が城門(旧市街からの出口)の一つなのです。
P;井門
バックも織り交ぜながら振出しに戻り、城壁の外へ出る道を聞いてみます。 聞いてよかった・・・駐車場みたいな場所を突っ切って裏の裏みたいなところを走るしかないのです。
それにしてもいい感じの食堂です。 今晩こんなところでやりたいなァ!
(井門の訪独目的は『デトレフと飲む』事ですので)
P;井門
出口が見つかった! 感激の瞬間です! (ライムリンガー門)
P;井門
ネルトリンゲンの駅です。
P;井門
その正面にある“ホテル・アムリング”が我々の今日の宿泊地です。
「アム・リング」の「リング」は円形の城壁を意味します。 駅とホテルは城壁の外側にあります。
P;井門
ベンツ組3人の部屋の鍵です。
当初機関区または其処に係留中の客車内に泊まり込むつもりでいましたが奥井さんに「いい歳こいてやめた方がいい」とたしなめられて今日電話で予約したのです。
携帯が鳴り、井門組のベンツもネルトリンゲンの町へ着いたという。 駅前の〝ホテル・アム・リンク”で再集合した。 昨日、空港から直行で到着している増田さんは既にデトレフさんと機関区に居る。
20年以上前ドイツに赴任していた増田さんは週末になるとこの機関区へ通い詰め、デトレフさんと一緒になって機関車の修理に夢中だったという。 ‘撮り鉄’‘乗り鉄’等色々有るが、「機関車に触れる~直す」というこの趣味は一枚上だろう。
P;井門
既に機関区の様子を見に行っていたポルシェ、
P;井門
ホテルに戻ってきました。
P;奥井
ホテルの社長さんと記念写真です。
P;井門
駐車位置を変えるポルシェ。
此処で実は編成替えが行われました。
ポルシェ組; (水沼先生、林先生) 機関区へ
ベンツ組; (阪上さん、奥井さん、井門) 旧市街を見学後機関区へ
ネルトリンゲンの戦い;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84_(1634%E5%B9%B4)
P;井門
ベンツ組です。
旧市街は車で行ったのでは何もできませんので城壁の外側の駐車場で車を捨てます。
P;井門
城壁にも登ってみます。 城壁の上には屋根付きの通路が続いています。
P;井門
この城壁が街を円形に取り囲んでいるのです。
P;井門
教会の塔を望みます。
あれ(高さ90m‘ダニエル’という愛称も有ります)に登るという野望もあります。
P;井門
先程車で通る事を断念したところです。 上から確認できました。
P;井門
ネルトリンゲンの(駐車場の位置を示した)観光地図です。
P;井門
物凄く古そうな建物です。
P;井門
教会の塔が近付いてきました。
P;井門
ロートアイアンの看板。
P;井門
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3
P;井門
教会の近くの街並みです。 手前右は噴水が直接石畳の中から吹き出します。
P;奥井
常に元気な阪上さん。 走り回って情景写真を撮りまくっていました。
P;井門
ネルトリンゲンの看板です。
P;井門
聖ゲオルク教会の中に入ってみました。
P;井門
売店兼案内所でしょうか。
P;井門
上に登る階段が有りますが、塔に登るモノではなさそうです。
P;井門
パイプオルガンです。
P;井門
柱を使った俯瞰の足場が有ります。
P;井門
パイプオルガンを背にした眺めです。
P;井門
ダニエルへの登り口が発見されました。
P;井門
登ってみます。 巨人が見えるかもしれません。
P;井門
登る階段は色々な様相を見せて何処までも続きます。
P;井門
展望台に到着しました。 地上約70mです。
P;井門
展望台に出た正面=東(やや南東)の方向です。
見えているのは我々が車で脱出した門、
歩いて入城してきた門、
ライムリンガー門です。
P;井門
展望台出入り口よりやや左、順路は右回りなので僅かに逆進した方向(真東)にネルトリンゲンの駅と機関区が見えます。
P;井門
左の大きな白い建物が駅本屋、相対している黄色い建物が“ホテル・アム・リング”です。
P;井門
順方向(時計回り)に回り方角は「真南」です。
P;井門
阪上さんも一緒に上がってきました。 (ライムリンガー門が見えていますね)
P;井門
南門と言われるベルガー門が見えています。 (西南西方向)
P;井門
真西方向 (夕食宴会はこちら方面でした)
P;井門
北西方向、最初に車で入城したバルディンガー門が有る方向です。
P;井門
ほぼ真北
P;井門
この建物は市庁舎です。
P;井門
北東方向
左が外装手入れ中のレブジンガー門、右がダイニンガー門です。
P;井門
奥井さんと市庁舎。
P;井門
マルクト広場からダイニンガー門へ。 ダイニンガー門の先、道路は線路をアンダーパスしています。 右に駅が見えています。
P;井門
ライムリンガー門への道も撮っておきます。 工事中ですね。
P;井門
ダニエルの頂上部の内側です。
P;奥井
頂上部近くの売店です。 (入場料も此処で払ったかも知れません)
P;井門
記撮
P;井門
記帳します。
P;井門
ついでにトイレを借ります。
P;井門
天空のトイレ。 大きな○を押すと大きく流れます。
P;井門
天空のトイレ、窓の眺めです。
P;井門
ダニエルの鐘です。
P;井門
マルクト広場で大森さんチームとばったり! もう機関区に行ってきた後のようです。
雨の降りしきる中をバイエルン鉄道博物館へ向かう。

S3/6 3673

今日、S3/6 3673 の代走を勤めた 41 1150

デトレフが担当する機関車 44 546




増田さんとデトレフ(本当は泉とデトレフと言うべきでしょう・・・)
乗務員姿の増田さんが現れた。 すっかり回りに溶け込んでいる。
デトレフさんも44の陰から現れた。 ドイツは連休中でデトレフさんは修理に没頭しているという。
後で井門さんも現れて歓談となった。 井門さんはドイツは18年ぶりだという。 増田、井門のご両人がDie letzen 01-lokomotiven bei der DRを出版してから30年が経つ。 この本に魅せられて01ファンになった私には感無量だ。
P;井門
Die letzen 01-lokomotiven bei der DR(増田・井門)フランク・コスモス社(西独)1981
左頁;012066 D924(夏運転のD1274ブダペスト~ベルリン【メトロポール】号のスジで走る国内急行)1976-12-25ドレスデン近郊ヴァインベーラ
右頁;012118 D372【BALT-ORIENT EXPRESS】号(ブカレスト~ベルリン)1977-08-09ドレスデン市内
見開きで“66”と“118”が向き合っていたとは!

昨年会ったフリードリヒさんもやってきた。

フリードリヒさんの E63 02

代走41 1150

今日はこの41型1150号機が代走した。この機関車はブレーキが不調でデトレフさん達は昨晩ほぼ徹夜で41型を準備したらしい。

本来は本日列車を牽く予定だったが直前に車輪のゆがみが見つかったらしい。
増田さんが歪んだ箇所を指してくれた。 この機関車はボイラー点検を控えていて、数年は動かないという。 今回はしばし別れの日で、S3/6は火が入りターンテーブルで数回転し、側線へ戻って行く。
別動隊の山下編集長、矢野組も現れデトレフとしばし歓談した。デトレフは彼らを01の運転台に乗せて上げた。山下さんも感無量のようで、火室に向かい参拝している。



山下さんはキャブよりデトレフを選んだ?

01のキャブに乗り参拝する山下さん

S3/6、3753号機が機関区の横、昨年と同じ位置で蒸気を上げている。 蒸機のクルー達も記念撮影をしている。 最後にターンテーブルを2周すると機関庫へ帰っていった。 早めに引き上げるはずの山下組も雨空に4気筒独特の蒸気を上げるS3/6の美しさにシャッターを切りまくっている。 こりゃ帰れないとかいいながら機関車の回りをくるくる歩き回っている。










P;奥井
いつの間にかベンツ組登場。








P;井門
P;井門
P;奥井
S3/6の美しさにまたまた魅了されますね。
P;井門
実はホッケンハイムに向かう矢野・山下組と機関区入り口ですれ違って記撮しました。
44のいる庫へお邪魔すると01 66号機も横で修理中だった。
P;井門
P;井門
ボイラー管が開けられていて、修理中だという。 僚機01 180はマイニンゲンの工場で最後の修理中だという。 2台とも秋にノイエンマルクトで開催される01祭りに参加予定だとコメントがあった。 この01集合は2011年にアイゼンバーンロマンティックのツアーに参加した時もうわさを聞いた。 01が原型、西独、東独型大集合するという。 これはドイツ人の一つの夢なんだろう。 皆楽しそうに0166と01 118と01202と011066とうれしそうに指折り数える。 もしその日が来るなら、是非、ネルトリンゲンから01に乗って参加したいものだ。
P;井門
デトレフ・泉組は黙々と今日の作業の仕上げに掛かって居ます。
P;井門
P;井門
P;井門
P;井門
ギャラリーが集まって来ました。
P;井門
渡り板下面に木製のスリ板を付けて長期動態保存実現への対策を施しているのです。
P;井門
真剣な作業が続いて居ます。
P;井門
一服するまで付近を散歩します。
P;井門
標識灯は選び放題?
P;井門
フリードリヒさん拘りの E63 02
子供の頃持っていた模型機関車がこのE63だった。 今は本物!
P;井門
工作機械類。 100両の保存機関車の面倒を見るのですから大変です。
P;井門
44のキャブに戻ってきました。
P;井門
44の火室の中です。 結構下が詰まっているようですが大丈夫でしょうか・・・
P;井門
P;井門
阪上さん
P;井門
奥井さん
P;奥井
18年ぶりの3ショット
P;奥井
生きたカマの蒸気を浴びてありがたがる2名。
P;井門
バックモニター ・・ホテルに帰って宴会に向かうのです。
P;井門
ネルトリンゲン、ホテル“アム・リング”の部屋です。
P;井門
トイレとシャワーです。 ドイツではあまりバスは有りません。
P;井門
我々が泊まっているのは2階です。
P;井門
元々は満室で予約できなかったのですが、S3/6の運転がキャンセルされてしまったのでがらがらになってしまった様です。
鉄道イベントは多くのドイツ人の行動を支配しているというのも真実です。
P;井門
扉だらけのエレベーターに乗ります。
P;井門
なんと3方向に扉が付いて居るようです。 フロア毎に違う扉が活躍する?
P;井門
ロビーで集合。
P;奥井
フロントの女性です。
P;井門
オーナーさんがタクシーを呼んでくれました。
宴会(←井門がドイツに来た目的)は旧市街、アム・リングからダニエルを越えた向こう側で開かれますので歩いて行ける感じではありません。
P;井門
タクシーです。
P;井門
その車内です。
P;井門
目的地に到着しました。
P;奥井
こんな店です。 なかなかいい感じです。
P;井門
お店の2階、BEM(バイエルン鉄道博物館)のメンバーが占拠していました。
P;井門
日本軍
P;井門
ドイツ軍 (手前の方はBEMのボスです)
P;井門
乾杯! 「今度はイタ公抜きでやろうな」
P;井門
カレーヴルスト
P;井門
ウィンナーシュニッツェル
P;井門
こう見えてもドイツ人のは大きいんです。

デトレフと飲むためにドイツに来たんです。
P;井門
焼きヴルスト。 ヴルストが食べられないと窮状を訴えたら茹でヴルストは無いけど・・・という事でこれが出てきました。
ザウァークラウトが出たのはこの時が最初で最後かも・・・
P;井門
これがなんだかわかりません・・・が、美味しい!
P;井門
KASSPATZLE(←両方のAの上には点々が付いているかも・・・)というものだそうです。
https://www.google.co.jp/search?q=k%C3%A4sesp%C3%A4tzle&biw=1093&bih=490&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=390JVIntBorY8gX2u4CQBw&sqi=2&ved=0CBwQsAQ
P;井門
デトレフが飲んでいる(濾過前の?)ビール?
私も飲んでみましたが日本で有る同種のものと違って恐ろしく旨いモノの様に感じました。
デトレフさんが呼びかけ、ネルトリンゲンのドライバーが参加して
ディナーが開かれた。 言葉の壁があるものの大いに盛り上がる。
途中井門さんが寄付を申し出た。 井門さんと増田さんがデトレフの44に使ってもらうよう話すと、デトレフは自分の44はなんとかなると言った。
・・・S3/6はこの博物館の主役で修理にずいぶんと掛るという。
S3/6のため使ってくれというと、おずおずとS3/6の機関士が立ち上がった。
なんと広い心だろう。 国は異なれ蒸気を愛する物同士、その後も会は盛り上がった。 デトレフさんはすっかり上機嫌で増田さんをMy enginieer と呼んでいた。
P;奥井
彼がS3/6の主任担当者のようです。
「必ず復活」を約して力強い握手となりました。
P;井門
延々つづく大宴会! 一人、また一人家路についても最後までこの7人は帰りません。
P;奥井
デトレフと再会組日本人3人。
この中で他の追随を許さず断然酔っぱらっていたのは誰でしょうか?
答えはデトレフです。
最後までこの椅子から動かず、介抱要員(彼のエンジニア)を残してホテルへ帰りました。
P;井門
帰りのタクシー、誰が呼んだのかこのタクシーが来なければ我々も何時まであの店に居たか判りません。
P;井門
ところがこのタクシー、トンデモナイ方向へ、郊外に向かってガンガン走り出しました。
P;井門
途中で気が付いて“アム・リング”へ向かいますが
P;井門
時間もお金も3倍近くかかったかもしれません。
P;井門
大間抜けか? 只のぼったくりタクシーか? (行きの車と違いますね)
P;井門
日本の酔っ払いたちもお部屋に帰ります。
おやすみなさいませ。
P;井門いきなりベンツ組の方です。 アウトバーンのSAで給油です。
道を間違ったりバタバタしながらようやくネルトリンゲンに向かって走り出しました。
(この後も道を間違えます)
P;井門給油したサービスエリアの売店、観光客らしき日本人を見てしまいびっくりです。
P;井門これはアイスクリームです。
P;井門私はこれをいただきます。
P;井門林先生も走りながら頂きます。
P;井門大地の起伏がバイエルンらしい雰囲気になってきました。
4.ネルトリンゲン;
再びポルシェに戻りアウトバーンを東へ。
空はますます暗くなり雨が落ちだした。 雨の中を一般道へ降りてひたすらバイエルンの田園風景を行く。 牧草地が延々と続く。 北海道の富良野あたりに似ているが、日本が明治時代に農業技術を欧米から習ったのでこちらが元祖だろう。 小さな村をいくつか過ぎるがお祭りをやっているらしい。 しばらく走るとトラクターにひかれたトレーラーが現れた。 若者が何人も乗っていて宴会をやっている。 阪上さんがカメラを向けると陽気にポーズをとってくれた。 後で聞くとアスパラガスの収穫祭らしい。
阪上さんは初めての渡欧だったがこの風景がずいぶん気に入ったらしい。 シャッターを切りまくっていた。 やがてネルトリンゲンの町が見えだした。
P;井門ベンツ組もネルトリンゲンに接近です。 城壁の中、旧市街に突っ込んでみます。
(この辺りはもしかすると林先生撮影かも知れません)
P;井門城壁に
P;井門接近、通過。
P;井門旧市街は車では走り難い世界です。
P;井門高い塔がある教会が見えてきました。 この塔は旧市街の中心にあります。
P;井門城壁に沿って旧市街からの出口を探します。
P;井門接近しすぎると長途のバックが必要になったりして危険なので歩いて見に行ってみるとこの先通れません。
その塔が城門(旧市街からの出口)の一つなのです。
P;井門バックも織り交ぜながら振出しに戻り、城壁の外へ出る道を聞いてみます。 聞いてよかった・・・駐車場みたいな場所を突っ切って裏の裏みたいなところを走るしかないのです。
それにしてもいい感じの食堂です。 今晩こんなところでやりたいなァ!
(井門の訪独目的は『デトレフと飲む』事ですので)
P;井門出口が見つかった! 感激の瞬間です! (ライムリンガー門)
P;井門ネルトリンゲンの駅です。
P;井門その正面にある“ホテル・アムリング”が我々の今日の宿泊地です。
「アム・リング」の「リング」は円形の城壁を意味します。 駅とホテルは城壁の外側にあります。
P;井門ベンツ組3人の部屋の鍵です。
当初機関区または其処に係留中の客車内に泊まり込むつもりでいましたが奥井さんに「いい歳こいてやめた方がいい」とたしなめられて今日電話で予約したのです。
携帯が鳴り、井門組のベンツもネルトリンゲンの町へ着いたという。 駅前の〝ホテル・アム・リンク”で再集合した。 昨日、空港から直行で到着している増田さんは既にデトレフさんと機関区に居る。
20年以上前ドイツに赴任していた増田さんは週末になるとこの機関区へ通い詰め、デトレフさんと一緒になって機関車の修理に夢中だったという。 ‘撮り鉄’‘乗り鉄’等色々有るが、「機関車に触れる~直す」というこの趣味は一枚上だろう。
P;井門既に機関区の様子を見に行っていたポルシェ、
P;井門ホテルに戻ってきました。
P;奥井ホテルの社長さんと記念写真です。
P;井門駐車位置を変えるポルシェ。
此処で実は編成替えが行われました。
ポルシェ組; (水沼先生、林先生) 機関区へ
ベンツ組; (阪上さん、奥井さん、井門) 旧市街を見学後機関区へ
ネルトリンゲンの戦い;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84_(1634%E5%B9%B4)
P;井門ベンツ組です。
旧市街は車で行ったのでは何もできませんので城壁の外側の駐車場で車を捨てます。
P;井門城壁にも登ってみます。 城壁の上には屋根付きの通路が続いています。
P;井門この城壁が街を円形に取り囲んでいるのです。
P;井門教会の塔を望みます。
あれ(高さ90m‘ダニエル’という愛称も有ります)に登るという野望もあります。
P;井門先程車で通る事を断念したところです。 上から確認できました。
P;井門ネルトリンゲンの(駐車場の位置を示した)観光地図です。
P;井門物凄く古そうな建物です。
P;井門教会の塔が近付いてきました。
P;井門ロートアイアンの看板。
P;井門http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3
P;井門教会の近くの街並みです。 手前右は噴水が直接石畳の中から吹き出します。
P;奥井常に元気な阪上さん。 走り回って情景写真を撮りまくっていました。
P;井門ネルトリンゲンの看板です。
P;井門聖ゲオルク教会の中に入ってみました。
P;井門売店兼案内所でしょうか。
P;井門上に登る階段が有りますが、塔に登るモノではなさそうです。
P;井門パイプオルガンです。
P;井門柱を使った俯瞰の足場が有ります。
P;井門パイプオルガンを背にした眺めです。
P;井門ダニエルへの登り口が発見されました。
P;井門登ってみます。 巨人が見えるかもしれません。
P;井門登る階段は色々な様相を見せて何処までも続きます。
P;井門展望台に到着しました。 地上約70mです。
P;井門展望台に出た正面=東(やや南東)の方向です。
見えているのは我々が車で脱出した門、
歩いて入城してきた門、
ライムリンガー門です。
P;井門展望台出入り口よりやや左、順路は右回りなので僅かに逆進した方向(真東)にネルトリンゲンの駅と機関区が見えます。
P;井門左の大きな白い建物が駅本屋、相対している黄色い建物が“ホテル・アム・リング”です。
P;井門順方向(時計回り)に回り方角は「真南」です。
P;井門阪上さんも一緒に上がってきました。 (ライムリンガー門が見えていますね)
P;井門南門と言われるベルガー門が見えています。 (西南西方向)
P;井門真西方向 (夕食宴会はこちら方面でした)
P;井門北西方向、最初に車で入城したバルディンガー門が有る方向です。
P;井門ほぼ真北
P;井門この建物は市庁舎です。
P;井門北東方向
左が外装手入れ中のレブジンガー門、右がダイニンガー門です。
P;井門奥井さんと市庁舎。
P;井門マルクト広場からダイニンガー門へ。 ダイニンガー門の先、道路は線路をアンダーパスしています。 右に駅が見えています。
P;井門ライムリンガー門への道も撮っておきます。 工事中ですね。
P;井門ダニエルの頂上部の内側です。
P;奥井頂上部近くの売店です。 (入場料も此処で払ったかも知れません)
P;井門記撮
P;井門記帳します。
P;井門ついでにトイレを借ります。
P;井門天空のトイレ。 大きな○を押すと大きく流れます。
P;井門天空のトイレ、窓の眺めです。
P;井門ダニエルの鐘です。
P;井門マルクト広場で大森さんチームとばったり! もう機関区に行ってきた後のようです。
雨の降りしきる中をバイエルン鉄道博物館へ向かう。

S3/6 3673

今日、S3/6 3673 の代走を勤めた 41 1150

デトレフが担当する機関車 44 546




増田さんとデトレフ(本当は泉とデトレフと言うべきでしょう・・・)
乗務員姿の増田さんが現れた。 すっかり回りに溶け込んでいる。
デトレフさんも44の陰から現れた。 ドイツは連休中でデトレフさんは修理に没頭しているという。
後で井門さんも現れて歓談となった。 井門さんはドイツは18年ぶりだという。 増田、井門のご両人がDie letzen 01-lokomotiven bei der DRを出版してから30年が経つ。 この本に魅せられて01ファンになった私には感無量だ。
P;井門Die letzen 01-lokomotiven bei der DR(増田・井門)フランク・コスモス社(西独)1981
左頁;012066 D924(夏運転のD1274ブダペスト~ベルリン【メトロポール】号のスジで走る国内急行)1976-12-25ドレスデン近郊ヴァインベーラ
右頁;012118 D372【BALT-ORIENT EXPRESS】号(ブカレスト~ベルリン)1977-08-09ドレスデン市内
見開きで“66”と“118”が向き合っていたとは!

昨年会ったフリードリヒさんもやってきた。

フリードリヒさんの E63 02

代走41 1150

今日はこの41型1150号機が代走した。この機関車はブレーキが不調でデトレフさん達は昨晩ほぼ徹夜で41型を準備したらしい。

本来は本日列車を牽く予定だったが直前に車輪のゆがみが見つかったらしい。
増田さんが歪んだ箇所を指してくれた。 この機関車はボイラー点検を控えていて、数年は動かないという。 今回はしばし別れの日で、S3/6は火が入りターンテーブルで数回転し、側線へ戻って行く。
別動隊の山下編集長、矢野組も現れデトレフとしばし歓談した。デトレフは彼らを01の運転台に乗せて上げた。山下さんも感無量のようで、火室に向かい参拝している。



山下さんはキャブよりデトレフを選んだ?

01のキャブに乗り参拝する山下さん

S3/6、3753号機が機関区の横、昨年と同じ位置で蒸気を上げている。 蒸機のクルー達も記念撮影をしている。 最後にターンテーブルを2周すると機関庫へ帰っていった。 早めに引き上げるはずの山下組も雨空に4気筒独特の蒸気を上げるS3/6の美しさにシャッターを切りまくっている。 こりゃ帰れないとかいいながら機関車の回りをくるくる歩き回っている。










P;奥井いつの間にかベンツ組登場。








P;井門
P;井門
P;奥井S3/6の美しさにまたまた魅了されますね。
P;井門実はホッケンハイムに向かう矢野・山下組と機関区入り口ですれ違って記撮しました。
44のいる庫へお邪魔すると01 66号機も横で修理中だった。
P;井門
P;井門ボイラー管が開けられていて、修理中だという。 僚機01 180はマイニンゲンの工場で最後の修理中だという。 2台とも秋にノイエンマルクトで開催される01祭りに参加予定だとコメントがあった。 この01集合は2011年にアイゼンバーンロマンティックのツアーに参加した時もうわさを聞いた。 01が原型、西独、東独型大集合するという。 これはドイツ人の一つの夢なんだろう。 皆楽しそうに0166と01 118と01202と011066とうれしそうに指折り数える。 もしその日が来るなら、是非、ネルトリンゲンから01に乗って参加したいものだ。
P;井門デトレフ・泉組は黙々と今日の作業の仕上げに掛かって居ます。
P;井門
P;井門
P;井門
P;井門ギャラリーが集まって来ました。
P;井門渡り板下面に木製のスリ板を付けて長期動態保存実現への対策を施しているのです。
P;井門真剣な作業が続いて居ます。
P;井門一服するまで付近を散歩します。
P;井門標識灯は選び放題?
P;井門フリードリヒさん拘りの E63 02
子供の頃持っていた模型機関車がこのE63だった。 今は本物!
P;井門工作機械類。 100両の保存機関車の面倒を見るのですから大変です。
P;井門44のキャブに戻ってきました。
P;井門44の火室の中です。 結構下が詰まっているようですが大丈夫でしょうか・・・
P;井門
P;井門阪上さん
P;井門奥井さん
P;奥井18年ぶりの3ショット
P;奥井生きたカマの蒸気を浴びてありがたがる2名。
P;井門バックモニター ・・ホテルに帰って宴会に向かうのです。
P;井門ネルトリンゲン、ホテル“アム・リング”の部屋です。
P;井門トイレとシャワーです。 ドイツではあまりバスは有りません。
P;井門我々が泊まっているのは2階です。
P;井門元々は満室で予約できなかったのですが、S3/6の運転がキャンセルされてしまったのでがらがらになってしまった様です。
鉄道イベントは多くのドイツ人の行動を支配しているというのも真実です。
P;井門扉だらけのエレベーターに乗ります。
P;井門なんと3方向に扉が付いて居るようです。 フロア毎に違う扉が活躍する?
P;井門ロビーで集合。
P;奥井フロントの女性です。
P;井門オーナーさんがタクシーを呼んでくれました。
宴会(←井門がドイツに来た目的)は旧市街、アム・リングからダニエルを越えた向こう側で開かれますので歩いて行ける感じではありません。
P;井門タクシーです。
P;井門その車内です。
P;井門目的地に到着しました。
P;奥井こんな店です。 なかなかいい感じです。
P;井門お店の2階、BEM(バイエルン鉄道博物館)のメンバーが占拠していました。
P;井門日本軍
P;井門ドイツ軍 (手前の方はBEMのボスです)
P;井門乾杯! 「今度はイタ公抜きでやろうな」
P;井門カレーヴルスト
P;井門ウィンナーシュニッツェル
P;井門こう見えてもドイツ人のは大きいんです。

デトレフと飲むためにドイツに来たんです。
P;井門焼きヴルスト。 ヴルストが食べられないと窮状を訴えたら茹でヴルストは無いけど・・・という事でこれが出てきました。
ザウァークラウトが出たのはこの時が最初で最後かも・・・
P;井門これがなんだかわかりません・・・が、美味しい!
P;井門KASSPATZLE(←両方のAの上には点々が付いているかも・・・)というものだそうです。
https://www.google.co.jp/search?q=k%C3%A4sesp%C3%A4tzle&biw=1093&bih=490&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=390JVIntBorY8gX2u4CQBw&sqi=2&ved=0CBwQsAQ
P;井門デトレフが飲んでいる(濾過前の?)ビール?
私も飲んでみましたが日本で有る同種のものと違って恐ろしく旨いモノの様に感じました。
デトレフさんが呼びかけ、ネルトリンゲンのドライバーが参加して
ディナーが開かれた。 言葉の壁があるものの大いに盛り上がる。
途中井門さんが寄付を申し出た。 井門さんと増田さんがデトレフの44に使ってもらうよう話すと、デトレフは自分の44はなんとかなると言った。
・・・S3/6はこの博物館の主役で修理にずいぶんと掛るという。
S3/6のため使ってくれというと、おずおずとS3/6の機関士が立ち上がった。
なんと広い心だろう。 国は異なれ蒸気を愛する物同士、その後も会は盛り上がった。 デトレフさんはすっかり上機嫌で増田さんをMy enginieer と呼んでいた。
P;奥井彼がS3/6の主任担当者のようです。
「必ず復活」を約して力強い握手となりました。
P;井門延々つづく大宴会! 一人、また一人家路についても最後までこの7人は帰りません。
P;奥井デトレフと再会組日本人3人。
この中で他の追随を許さず断然酔っぱらっていたのは誰でしょうか?
答えはデトレフです。
最後までこの椅子から動かず、介抱要員(彼のエンジニア)を残してホテルへ帰りました。
P;井門帰りのタクシー、誰が呼んだのかこのタクシーが来なければ我々も何時まであの店に居たか判りません。
P;井門ところがこのタクシー、トンデモナイ方向へ、郊外に向かってガンガン走り出しました。
P;井門途中で気が付いて“アム・リング”へ向かいますが
P;井門時間もお金も3倍近くかかったかもしれません。
P;井門大間抜けか? 只のぼったくりタクシーか? (行きの車と違いますね)
P;井門日本の酔っ払いたちもお部屋に帰ります。
おやすみなさいませ。
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