拝啓 井門義博です
拝啓 井門義博です
ぶどう色1号
26年03月05日 04:21:14 | 国鉄時代変なタイトルですが、ちょっと今日気になった話題です。
私はどんな時も必ずぶどう色1号を「ブドー1号」と表記します。
その名前が間違っている事は100%分かっていますが必ずそう書きます。
一見してぶどう色2号と間違えないために青15号より長くぶどう色2号よりも文字数が短く書くのです。
① 文字数さえも違うように書くし、
② ブドウとも書かず「ブドー」と書きます。
一見して全然違うものであることが見間違えないためです。
正しくは「ぶどう色1号」であることは100も承知の上で勘違いを絶対に許さないためにここ20年間位はそう書いています。
このブログの読者はその辺りはよくご存知かもしれません。
色の名称が違うのは宜しくないのではないかと指摘を受け今後どうしていこうか現在は「迷い中」です。
というのは、現在に至ってもぶどう色には2種類があることを意識していない人が鉄道趣味界には「プロ」「アマ」問わずたくさん存在しているからです。
ぶどう色1号と書くと相当の確率でぶどう色2号がやってくる事を嫌というほど経験してきたからです。
それにしても、今日初めて国鉄にも「ぶどう色1号」「ぶどう色2号」という名称が存在していたことを知りました。
私の勘違いだったのですが・・・というのは私ですら誤解していたのですから、そう思っている人が現在でも多いかもしれないのですが、そうなのかな?と思っていたのは・・・
国鉄、いや鉄道省から続いて「ぶどう色1号」「ぶどう色2号」という名称は無く「ぶどう色」である。
趣味者が「ぶどう色1号」「ぶどう色2号」と呼び分けているだけだ。
という説を信じていたのです。
しかし、正しくは昭和34年、
「客車の標記を変える機会に「ぶどう色1号」から「ぶどう色2号」に変更する」
という通達が国鉄で出されていたのです。
でも、おそらくその前には私が思っていた旧来説明を受けていた事と概ね同じだったのだろうと感じています。
(もちろん真実は違っているかもしれません)
その説明とは、
「ぶどう色」という名称の塗料には「1号」も「2号」も無く、
電気車には明るい色で用意された「ぶどう色」を使い
それ以外の客車、機関車には暗い「ぶどう色」を使うということが知識として周知されていたから2種類の「ぶどう色」が存在しているのだ。
という説明です。
昭和34年、客車の塗装の指定が謂わゆる「ぶどう色1号」から「ぶどう色2号」に変更になった原因は、ディーゼル機関車が明るい「ぶどう色」を塗る事に決まった事に起因すると説明されていました。
先ずは機芸出版社の「国鉄標準色色見本帳」を読み直した方が良いかもしれません。
ただ、これだけは感じているのは、少なくとも関東圏では昭和34年までは電気機関車は「ぶどう色1号」が塗られていた事は間違いないと思います。
根拠は、ヒギンズ(ヒギンス?)さんのコダクロームによるカラー写真に回送されている電気機関車4連が「ぶどう色1号」と「ぶどう色2号」の機関車が繋がっている写真が載っているのがその証拠です。
もうひとつ、戦前の関西圏の電車は「ぶどう色2号」であろうと感じられるのです。
西尾克三郎のライカ写真全集を見ていると関西の明るいぶどう色と、黒っぽい塗装の車ばかりの関東というイメージが残っているのです。
蒸機は同じ様な見え方に写っているから其処には差があったんじゃないかなと感じています。
終戦後の関東は電車に黒すら塗られていた・・・退色して白っぽくなっていても元は黒かも?というイメージもあります。
コダクローム(発色がコダック色に偏った癖のある発色だったなと感じますが)が無いと判別は難しいですね。
色付きの「絵画」はありますが。
ぶどう色という「鉄道趣味者にとって厄介な名称」にも困ったものですが。
(「チョコレート色じゃないと変!」と言われてしまいます。 だがぶどう色1号はチョコレートには見えないな〜〜〜色合いが違うから・・・だからぶどうが出てきたのか???いやこれでぶどうなら腐っているでしょう)
(C11ニセコ号が牽いていた客車が暗い紫で凄かったですね・・・)
ところで続編が出ました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3788f166a5cd876fe7360fc9a4a5fd9e2dce0835
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