拝啓 井門義博です
拝啓 井門義博です
01の訂正 m(_ _)m
16年05月03日 01:43:00 | 海外蒸機画像消え、文字化け事件後なので気持ちが乗らないちぐはぐな再掲載になりそうです。
01の画像について様々な人から間違いを御指摘を頂き、訂正を書きます。

此方の写真。BEMから送られてきた 01 066 の昔の姿です。
01は1号機落成時はこの小型デフでした。
間違いその1;
「従来10号機までがこの小型デフ、11号機から大型のデフと認識されていました」
高木宏之(本当は梯子段の高ですが書き込み不能文字です)さんが海外鉄道研究会季刊誌‘ペンデルツーク’に寄稿された記事
「1930年の01077以降が大型デフで竣工したと思われます」
というものが有りました。
それが正しいという事がはっきりしたというだけのことだったのです。

こちら、篠原正瑛著‘全盛時代のドイツ蒸気機関車’が私のバイブルなのですが

此処に~01010 までが小型デフ、01011~が大型デフで落成と書かれています。
写真といい、資料といい、読み応え満点の凄い写真集なのですが後年の資料の発掘恐るべし!と思います。
間違いその2;
「東西分割後の姿」というのは間違いでした。
ベルリンの木村さんから指摘を頂きました。
「東西分割後の姿というのは誤りで、第2次生産型の特徴である小型のデフを付けていますから、製造の1928年から遅くとも1930年代半ばまでの写真だと思われます。この小型デフは煙をキャブ上方に流すのに効果がなかったため、第3次製造型(1930/31年製造)から大型のものが取付けられるようになりまし たが、2次製造型も順次大型デフに交換されましたので(66号機の交換時期は判然と しませんが)、遅くとも30年代半ばにはこの小型デフを失っていたと思われます。
補機類の形態等からみてもこの写真は多分新製直後(1928年)のハノーファーに おける姿だろうと思われます。」
とのことです。
余りにも鮮やかな写真なので、またスナップとして撮られた感じなのでかなり後年だと思ったのですが、よく見るとテンダーは原形と思われますし、キャブの円筒状の汚れ止めもありません。
だいいち、共産圏時代の東独に写真を撮る余裕も風潮も無かったですし、背景の文字が書かれた建物には「自由」の雰囲気が有ります。
全く迂闊だったと思い反省いたします。
(前々回のブログも文面だけ訂正させて頂き、お知恵拝借の記録としてこの回のブログも残しておきます)
今回、篠原さんの写真集を見て気になる文面が一つあります。
上の画像(‘写真集’の説明書き“01”の項の一部)に有ります。
「(おもな外観上の変更のひとつとして)はじめ、空気ポンプおよび給水ポンプは、外観上の配慮から煙室の左右外部、除煙板の内側に取付けられていたが、のちに機体のほぼ中央部の両側、第2動輪と第3動輪のあいだの渡り板の下側に移されたこと、などである。」
と有ります。
此処に関しては、増田・井門組の見解があります。
フランク社写真集‘Die Letzten 01-Lokomotiven bei der DR’にアルフレッド・ゴットヴァルドさんの訳で書かれているのですが、要点を述べると
① 01設計者は、軸配置「パシフィック」の欠点を「先台車=2軸、従台車=1軸」であるが故に動輪としては重心が後ろ側に偏り勝ちであると考え、重量のある補機類を機関車前端付近に集中する必要を感じて設計したと思われる。
② 東西ドイツの全ての蒸機は整備性の良いウィッテデフに交換して仕舞いましたが東独の01だけは重心が後に偏る欠点を持つパシフィックで大幹線の重量国際急行列車を牽引する必要が有るので、ワグナーデフを使い続ける必要があった。 小型のウィッテデフでは補機類が障害して煙の誘導効果が不十分となる事を恐れた。
③ それが全蒸機の除煙板をウィッテデフに交換したにも係らず01だけはワグナーデフのまま使われ続けた「可能性として残された唯一の理由」ではないか?
と言うわけです。


西独形01の例
日本の幹線用大形蒸機と同じ様に整備性の良いランボード半ば、第二動輪~第三動輪に掛けての両側にエアーポンプと給水ポンプを持ってきています。

デトレフが送ってきた一時的にウィッテデフに付け替えた 01066 です。
煙室前端両側、シリンダーブロックの前にエアーポンプと給水ポンプを配置していることが判ります。
日本のC59は外観上から見ても煙室が前にせり出すようになっていてフロントデッキ周りがせせこましく成っているという問題が有ります。 この原因は重心後寄りを少しでも解消したかったためと言われています。
アメリカ型蒸機の場合煙室前端に重量補助機器を付けてしまうと言う手段を選ばぬ作戦を実施していますが、01の選んだ位置はなかなか良いバランスじゃないかと思う次第です。
01の大きな悩みが動輪上の重量が後寄りになり勝ちであった筈であるという根拠のもう一つは“人民01”の形態を見ると判ります。

ベルリン市内、信号場で停車した011511石炭炊き人民01です。
0110三気筒140㎞/hの重パシフィック機を全て西側DBに持って行かれた東側DRがソ連風に大改装した01で対抗しようとしたものです。
重量補器類はシリンダーブロック前側に持ってきたうえにランボードを階段一段分高くして補機類を覆い、そのうえでウィッテデフとしたものです。
西側のゼロイチが旅客用としてはかなり早くから二線級の運用に転じていたのとは違って東では戦争前提だったがために電化は無く、優秀なディーゼル機関車も無く、蒸機が第一線に立ち続けなければならなかったが為の作りと言えます。

同じくベルリン市内、信号場で停車した01118です。 (この様なものを撮っているとすぐに警官が来ますのでご用心・・・と言っても逃げ場が有りませんが)
重量が嵩む補機類はシリンダーブロック前側、ランボード下ではなく一緒にランボードを構成するような位置に置かれています。
重量バランスは人民型01と同じく理想的です。 10~11連の国際急行列車を常時120~130㎞/h、ドレスデン⇔ベルリン間を表定速度90㎞/h台で牽き続けるには必要な事だったのだと思います。
一方西独型01の整備性は実に驚くべき向上が為されています。
せせこましい場所からランボード両側中央部に移された補助機器は扱いやすそうですし、何よりもウィッテデフが便利そのものです。
ドイツのワグナーデフ(←世界の除煙板の元祖)日本の普通デフ、日本の門デフでは庫内手、整備要員はランボード上デフの内側を通行します。
それに対してウィッテデフは煙室からの距離を大事にしていますので煙室から直接足を生やしていて、デフ下側に足は有りません。 庫内手、整備要員はデフの外側を通行します。
ワグナーデフは車両限界近い位置にありますが、ウィッテデフは煙室からの距離に縛られて居り、車両限界とは基本的に関係が有りません(多くの場合車両限界よりもかなり内側にありますのでランボード上、デフに掴まりながら外側を楽々歩いて通行できるのです。
(ボイラーの太い01でもウィッテデフ付 01202 や 01066 の写真を見れば通って行ける事が判ります)
庫内手、整備要員が頭をぶつけない様にデフ取付ステーを大きく曲げて取り付ける日本とはずいぶん大きな違いだと思いませんか?
(私は恰好が良いのは日本の門デフとドイツのワグナーデフだと思います)
01の画像について様々な人から間違いを御指摘を頂き、訂正を書きます。

此方の写真。BEMから送られてきた 01 066 の昔の姿です。
01は1号機落成時はこの小型デフでした。
間違いその1;
「従来10号機までがこの小型デフ、11号機から大型のデフと認識されていました」
高木宏之(本当は梯子段の高ですが書き込み不能文字です)さんが海外鉄道研究会季刊誌‘ペンデルツーク’に寄稿された記事
「1930年の01077以降が大型デフで竣工したと思われます」
というものが有りました。
それが正しいという事がはっきりしたというだけのことだったのです。

こちら、篠原正瑛著‘全盛時代のドイツ蒸気機関車’が私のバイブルなのですが

此処に~01010 までが小型デフ、01011~が大型デフで落成と書かれています。
写真といい、資料といい、読み応え満点の凄い写真集なのですが後年の資料の発掘恐るべし!と思います。
間違いその2;
「東西分割後の姿」というのは間違いでした。
ベルリンの木村さんから指摘を頂きました。
「東西分割後の姿というのは誤りで、第2次生産型の特徴である小型のデフを付けていますから、製造の1928年から遅くとも1930年代半ばまでの写真だと思われます。この小型デフは煙をキャブ上方に流すのに効果がなかったため、第3次製造型(1930/31年製造)から大型のものが取付けられるようになりまし たが、2次製造型も順次大型デフに交換されましたので(66号機の交換時期は判然と しませんが)、遅くとも30年代半ばにはこの小型デフを失っていたと思われます。
補機類の形態等からみてもこの写真は多分新製直後(1928年)のハノーファーに おける姿だろうと思われます。」
とのことです。
余りにも鮮やかな写真なので、またスナップとして撮られた感じなのでかなり後年だと思ったのですが、よく見るとテンダーは原形と思われますし、キャブの円筒状の汚れ止めもありません。
だいいち、共産圏時代の東独に写真を撮る余裕も風潮も無かったですし、背景の文字が書かれた建物には「自由」の雰囲気が有ります。
全く迂闊だったと思い反省いたします。
(前々回のブログも文面だけ訂正させて頂き、お知恵拝借の記録としてこの回のブログも残しておきます)
今回、篠原さんの写真集を見て気になる文面が一つあります。
上の画像(‘写真集’の説明書き“01”の項の一部)に有ります。
「(おもな外観上の変更のひとつとして)はじめ、空気ポンプおよび給水ポンプは、外観上の配慮から煙室の左右外部、除煙板の内側に取付けられていたが、のちに機体のほぼ中央部の両側、第2動輪と第3動輪のあいだの渡り板の下側に移されたこと、などである。」
と有ります。
此処に関しては、増田・井門組の見解があります。
フランク社写真集‘Die Letzten 01-Lokomotiven bei der DR’にアルフレッド・ゴットヴァルドさんの訳で書かれているのですが、要点を述べると
① 01設計者は、軸配置「パシフィック」の欠点を「先台車=2軸、従台車=1軸」であるが故に動輪としては重心が後ろ側に偏り勝ちであると考え、重量のある補機類を機関車前端付近に集中する必要を感じて設計したと思われる。
② 東西ドイツの全ての蒸機は整備性の良いウィッテデフに交換して仕舞いましたが東独の01だけは重心が後に偏る欠点を持つパシフィックで大幹線の重量国際急行列車を牽引する必要が有るので、ワグナーデフを使い続ける必要があった。 小型のウィッテデフでは補機類が障害して煙の誘導効果が不十分となる事を恐れた。
③ それが全蒸機の除煙板をウィッテデフに交換したにも係らず01だけはワグナーデフのまま使われ続けた「可能性として残された唯一の理由」ではないか?
と言うわけです。


西独形01の例
日本の幹線用大形蒸機と同じ様に整備性の良いランボード半ば、第二動輪~第三動輪に掛けての両側にエアーポンプと給水ポンプを持ってきています。

デトレフが送ってきた一時的にウィッテデフに付け替えた 01066 です。
煙室前端両側、シリンダーブロックの前にエアーポンプと給水ポンプを配置していることが判ります。
日本のC59は外観上から見ても煙室が前にせり出すようになっていてフロントデッキ周りがせせこましく成っているという問題が有ります。 この原因は重心後寄りを少しでも解消したかったためと言われています。
アメリカ型蒸機の場合煙室前端に重量補助機器を付けてしまうと言う手段を選ばぬ作戦を実施していますが、01の選んだ位置はなかなか良いバランスじゃないかと思う次第です。
01の大きな悩みが動輪上の重量が後寄りになり勝ちであった筈であるという根拠のもう一つは“人民01”の形態を見ると判ります。

ベルリン市内、信号場で停車した011511石炭炊き人民01です。
0110三気筒140㎞/hの重パシフィック機を全て西側DBに持って行かれた東側DRがソ連風に大改装した01で対抗しようとしたものです。
重量補器類はシリンダーブロック前側に持ってきたうえにランボードを階段一段分高くして補機類を覆い、そのうえでウィッテデフとしたものです。
西側のゼロイチが旅客用としてはかなり早くから二線級の運用に転じていたのとは違って東では戦争前提だったがために電化は無く、優秀なディーゼル機関車も無く、蒸機が第一線に立ち続けなければならなかったが為の作りと言えます。

同じくベルリン市内、信号場で停車した01118です。 (この様なものを撮っているとすぐに警官が来ますのでご用心・・・と言っても逃げ場が有りませんが)
重量が嵩む補機類はシリンダーブロック前側、ランボード下ではなく一緒にランボードを構成するような位置に置かれています。
重量バランスは人民型01と同じく理想的です。 10~11連の国際急行列車を常時120~130㎞/h、ドレスデン⇔ベルリン間を表定速度90㎞/h台で牽き続けるには必要な事だったのだと思います。
一方西独型01の整備性は実に驚くべき向上が為されています。
せせこましい場所からランボード両側中央部に移された補助機器は扱いやすそうですし、何よりもウィッテデフが便利そのものです。
ドイツのワグナーデフ(←世界の除煙板の元祖)日本の普通デフ、日本の門デフでは庫内手、整備要員はランボード上デフの内側を通行します。
それに対してウィッテデフは煙室からの距離を大事にしていますので煙室から直接足を生やしていて、デフ下側に足は有りません。 庫内手、整備要員はデフの外側を通行します。
ワグナーデフは車両限界近い位置にありますが、ウィッテデフは煙室からの距離に縛られて居り、車両限界とは基本的に関係が有りません(多くの場合車両限界よりもかなり内側にありますのでランボード上、デフに掴まりながら外側を楽々歩いて通行できるのです。
(ボイラーの太い01でもウィッテデフ付 01202 や 01066 の写真を見れば通って行ける事が判ります)
庫内手、整備要員が頭をぶつけない様にデフ取付ステーを大きく曲げて取り付ける日本とはずいぶん大きな違いだと思いませんか?
(私は恰好が良いのは日本の門デフとドイツのワグナーデフだと思います)
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