拝啓 井門義博です
拝啓 井門義博です
Pm-2 21 PKP
25年06月15日 03:47:43 | 海外蒸機
柘榴坂を下って第一京浜国道に突き当たった品川駅前です。
わざわざ撮りに行くのは大変ですが車の中から一撃は楽で良いです。

PIKOのBR03 じゃなかったPm2 21 です。
何センチあるのか巻尺で測ればよかった。
それにしても日本人には馴染みやすい「左頭」です。
鯛のお頭付が左頭です。 魚類図鑑は左頭かな?
してみると、機関士側(公式側)を見せる意味ではなく人類が好む左頭?

中身は逆向いてる?
ポリカーボ製ケースのこちら側に文字があるのでこう入れたのは私です。

PIKOは此処に説明書が入っています。

中身です。 同じようなものが2つ入っているのはドイツ語と英語です。

ポリカーボのケースがこうなっています。
前後にゆとりがあるのでパーツを取り付けても元箱に入れられます。
ゼロサン形の前後にこれだけ余裕が持たされているから箱が長いです。
大概の紙袋には入りません。

固定する器具が素晴らしいです。

箱載せです。

墨入れやり直したのでグッと良くなっています。

ゼロイチだとこの角度で前の番号が確認できますが、ゼロサンはこうです。
フロントに余裕があるのは日本のC57に通じる部分でしょうか・・・

番号が見えました。
先輪が850mmの前期形です。
オーデル川東岸に残されたゼロサンは惜しくない前期形ばかりだったのか?

ワグナーデフのゼロサンを求めて世界中から猛者が撮影に挑みましたが、誰一人成功しませんでした。
捕まって、カメラフィルムを全て没収されて国境に送られて強制退去です。
例外は増田 泉(20)と井門義博(19)だけです。
ポーランドの鉄道博物館から撮影許可証を頂いているからです。

乗務員を乗せていないのはRocoの乗務員がドイツ人にしか見えないからです。

ポーランド国鉄の乗務員は違って見えました。

墨入れは宝です。

時間がふんだんに使えるならもっと徹底的にやりたいです。
(いや「貨車をやれよ」という声が聞こえる様です)

ここでナンバーが見えます。

世界で2人だけが撮影できた走行写真です。
今、考えると、データと紙焼きをポーランドの鉄道博物館に寄贈するべきです。
このPm2-24は前期形だが先輪を後期形同様の1000mmに交換していますね。

1/60で撮っているかもしれません。

番号がわからない場合もあります。
結果増田・井門組は無事撮影できたのですが、ポーランドは多人数の警官隊で捕獲に乗り出してくる恐ろしさで、無事解放されたとしてもあまりの恐怖でこの1976年だけにしました。
確かに1979年、1980年も僅かに撮影していますが1976年8月の増田・井門組とは次元が違いすぎて計算には入りません。
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