拝啓 井門義博です
拝啓 井門義博です
01逢いたや 2013
13年11月01日 00:06:00 | 海外蒸機水沼信之さんのドイツレポートをお届けいたします
01逢いたや 2013
1980年3月、ドイツ民主共和国、当時の共産圏である東ドイツ、ザールフェルド駅近郊、冷たい霧雨の中から長いデフレクター、真っ赤な動輪のパシフィック、01型蒸気機関車がいきなり現れた。 隣にいた地元のファンが呆然とつぶやいた。「ドレスデンの動態保存機だ、01型原型機の01 2204だ!なぜ、ここにいるのだ?」
当時はオイルショックと呼ばれた世界的石油不足で、共産国だった東ドイツでは石油節約のため蒸気機関車を次々と復活させていた。 このニュースを聞いて私は、観光旅行の欧州巡りの2日間だけを東ドイツに割り当て、幸運なことに世界で最も有名な蒸気機関車、01原型機に出会えたのだ。 01原型機は本当にバランスがとれた美しい機関車だった。 01 2204は特に丁寧に磨かれた状態で、後年見た中国やアメリカのSLより遥かに美しかった。 いつかまた01に逢いたやという気持ちは年が経つほど強くなり、立派な01中毒になっていた。
2013年も7月になった。
本年もドイツへ行く機会ができた。 週末にはネルトリンゲンを訪問することにし、デトレフさんにメールすると、なんと7月7日日曜日は彼の44型が走ると返事がきた。 今回の機関士もデトレフさんとのことだ。 44型蒸気機関車はボイラーの太い、3気筒の貨物用蒸気機関車だ。 1980年に東ドイツではザールフェルド等まだ各地で活躍していた。 バババ,バババ、と3気筒独特のブラストで1000トン以上の貨物を牽いていた。 日本のD52に相当するかと思われる。 これは楽しみだ。 昨年同様、フランクフルト空港でレンタカーを借りた。 今回借りたのも昨年同様、黒の911カレラのオープンカーだった。 ネルトリンゲンへ向かうためGPSをセットすると距離は157kmとでた。 いつも乗り継ぎが悪くDBでは3時間近くかかるが、アウトバーンを飛ばすと2時間ちょっとだ。 今回はポルシェでお邪魔することにした。 平均時速200kmでアウトバーンを巡航できるので予定より早く着いた。 途中から一般道へ降りた。 バイエルンの農村風景は美しい。 緯度が近いせいか牧場が点在する北海道にそっくりの風景が広がる。 いくつか小さな村を抜けていくが、鉄道模型のファーラーやキブリで見るストラクチャーを見ているようなオレンジ色の屋根の家並みが続く。 村の中心には小さな教会の塔が必ずある。

バイエルン鉄道博物館はネルトリンゲンの駅の裏にあった。
かつては機関区だったらしく、ターンテーブルを中心に長方形の機関庫が並び立っていた。 近くの跨線橋からずらりと機関車の列が見下ろせた。 ホームからも懐かしい103型電機や有名な電気機関車が見えた。








01 066はどこかと尋ねると右端の庫の奥だとのこと、勇んで駆けつけるが、前回スイスから新しく購入したという西独型の01 180が左手前にいた。 デフが外され、なにやら修理中だ。

01 180

01 180

01 180

01 180

01 180

01 180
キャブで溶接をしていたティモ(Timo)さんに伺うと、この01は近く動態復帰して走行するとの返事だった。 にわかには信じられず、聞き直すとこの9月中に走り出すという答えだった。 マイニンゲンなどの蒸気機関車専門の工場に行かず、自分の所で直してしまうところが凄い。 機関庫の裏のヤードを探すが01 066はいない。 奥に行くに連れ、ほとんど廃車のような機関車ばかりだ。 昨年見た01 024が昨年同様、荒れ果てた姿で佇んでいた。

01 024

01 024の動輪 (01 024はBEMが01動態機維持目的で部品取り用に確保してある機関車)
もう一度、入り口へ行き尋ねると、機関庫の奥だという。
改めて庫の中に行くと先ほどの01 180の奥に01 066の長いデフが見えた。
原型機の01は西独型の01の奥にいた。

01 066
01の縱並び、ファンにはたまらない光景だ。 こちらは煙室の扉が半分開いていて何やら修理中だ。

01 066

01 066

01 066

01 066

01 066
他にこの庫にいたのは週末に走る44 2541としばしば運行されると聞く41 1150だ。 ということはこの庫は動態保存の機関車のメインテナンスに使われているのだろう。
じっくりそばで眺められるのはうれしいが、やはり原型01が走るところを見たい。
入り口の近くの一番大きい機関庫へ入る。 バイエルンの女王、S3/6がいた。 こちらもボイラーの回りが剥き出しで明らかに修理中だ。



恐らくこちらも動態に復帰すると思われる。
いったい日本の蒸気機関車は何両動態だろう。 ドイツではこの博物館だけで最低5両は動く準備をしている。 しかも世界の名機01と3気筒の44型と4気筒の18型だ。
日本ではC57こそ2台が健在だが、C62やC53が21世紀の今日、本線を走るのは想像すらできない。 日独の蒸気機関車運転の質の違いはかなりのものだ。
日曜日になった。 再びネルトリンゲンへむかう。
初夏のバイエルンの風景は牧場が広がり美しい。 北海道の風景にそっくりだが、緯度的にも近い。 ネルトリンゲンのホームへ駆け上がると太いボイラーが見え44型機関車が煙をあげていた。 キャブへ向かうとデトレフさんが手を振っている。 今日は機関車に添乗させてくれるという。 うれしいがたまには走行写真をとっておきたい。 今日の列車はZeenland expressという名で午前、午後と一回づつGunzenhauzenを往復する。 午前中は44を追っかけ、撮り鉄に専念することにした。
発車5分前の10時15分にネルトリンゲンを離れる。 ドイツは一般道も速度制限は時速100kmだ。 名著「01逢いたや」で斎藤晃さんが01の追っかけをされている。 アウトバーンをフォルクスワーゲンで先行しようとするが時速120kmで快走する01にあえなく抜かれてしまうシーンがある。 幸いわが2013年式ポルシェ911は俊足だ。 軽く加速して時速120kmで走ったしかし44も貨物用機関車とは思えないくらい速い、客車3両しか牽いてないせいか90kmは軽く超えており油断するとあっというまに先行される。

土地勘が無いので何とか地元のテツがいるところで撮りたい。 しかし、撮り鉄はドイツでは少ない。 運良く明らかに追っかけをしているバイク2人組を発見、後について行くことにした。 ドイツ人は人懐っこい。 「ポルシェで蒸気の追っかけかい?かっこいいねー。」と笑顔でつきあってくれた。 何度か撮影のチャンスがあったが、逆光だったり、全く煙があがらなかったりうまくいかなかった。


1時間あまりでグンゼンハウゼン(Gunzenhausen)に着いた。 機関車はここで列車の反対側についた。 ターンテーブルが無いため着回しができず、帰りは逆向きになった。 乗客達が機関車に集まって、記念写真をとるのは東西変わらず同じだ。

グンゼンハウゼン駅で44に集まるファン達
午後の列車はいよいよ44型の添乗だ。 デトレフさんはこの日、見習い機関士のマックス(Max)さんと機関助手のウルフガング(Wolfgang)さんと3人乗務だ。

機関士見習マックス(Max)さん

機関助士ウルフガング(Wolfgang)さん
2名とも若い。 蒸機保存は後継者がいなく大変と聞いていたがここバイエルンでは心配なさそうだ。 出発前に機関車の前でクルーが記念撮影をしていた。 車掌さん達は去年もお世話になった人達だった。

クルー集合写真、左から三人目がデトレフ・メゴウさん

画像は拡大できます
デトレフさんがホイッスルを鳴らした。 長笛2声、発車、3気筒独特のせわしいブラストですばやく加速していった。

しばらくすると,見習いのマックスさんに交代した。 デトレフさんが色々と指示する。 ドイツ語でさっぱりわからないが、マックスさんはきびきびと運転している。

キャブは結構せまい。 そして時折給炭があり火が見え、暑い。 運転台から顔をだすと美しいバイエルンの野原が広がった。






あっというまに1時間がすぎ、架線の線路が近づいてきた。 ポイントを渡り終着駅Gunzenhauzenに到着だ。
機関車を降りると手、服、顔、靴全て煤だらけで、真っ黒になってしまった。
地元のファンが「どうだい?キャブは楽しいか?」と聞いてきた、
最高だけれど、といいながら煤だらけの手を見せると大笑いだった。

しかし共産圏の東ドイツに行った時は蒸機の撮影すら緊張した。 機関車に触れることは絶対に許されなかった。 あれから30年数年後の統一ドイツに01や44型といった世界を代表する蒸気機関車が保存され、修理され、動態保存への努力がされている。 蒸機運転日には老若男女が集い楽しんでいる。 そして蒸機運転の技術が若い世代に引き継がれていく。 あの頃見えなかった未来は明るかったのだ。
列車はネルトリンゲンに引き返した後44のクルー達は火床整理やメンテナンスの仕事が続いた。

残務が一段落して戻ってきたデトレフさんに大木茂さんの写真を渡した。 ドイツの蒸機の写真と最近の写真集からのものだ。 客車のステップに腰掛けて、一枚一枚めくっていると,残っていた人達が集まってのぞき込みだした。 そして写真の美しさに驚嘆の声があがった。 日本の風景の美しさとドイツの18型機関車の流し取りには感心しきりだった。 一人がこうつぶやいた。
「日本人も蒸機が好きだな~。 機械好き、技術好きなところはドイツ人そっくりだ。」
日も落ちてきた。 庫から見える01と親切にしてくれたスタッフに別れを告げ、暮れなずむネルトリンゲンを後にした。
今回で01中毒は治った? ・・・多分、大型蒸機コンプレックスは改善した。
しかしますます01が好きになった。 今回も01が走る場面は見れなかった。 次に01に逢えるのはいつの日か、、、その日まで私の「01逢いたや」は続くのだ。
01逢いたや 2013
1980年3月、ドイツ民主共和国、当時の共産圏である東ドイツ、ザールフェルド駅近郊、冷たい霧雨の中から長いデフレクター、真っ赤な動輪のパシフィック、01型蒸気機関車がいきなり現れた。 隣にいた地元のファンが呆然とつぶやいた。「ドレスデンの動態保存機だ、01型原型機の01 2204だ!なぜ、ここにいるのだ?」
当時はオイルショックと呼ばれた世界的石油不足で、共産国だった東ドイツでは石油節約のため蒸気機関車を次々と復活させていた。 このニュースを聞いて私は、観光旅行の欧州巡りの2日間だけを東ドイツに割り当て、幸運なことに世界で最も有名な蒸気機関車、01原型機に出会えたのだ。 01原型機は本当にバランスがとれた美しい機関車だった。 01 2204は特に丁寧に磨かれた状態で、後年見た中国やアメリカのSLより遥かに美しかった。 いつかまた01に逢いたやという気持ちは年が経つほど強くなり、立派な01中毒になっていた。
2013年も7月になった。
本年もドイツへ行く機会ができた。 週末にはネルトリンゲンを訪問することにし、デトレフさんにメールすると、なんと7月7日日曜日は彼の44型が走ると返事がきた。 今回の機関士もデトレフさんとのことだ。 44型蒸気機関車はボイラーの太い、3気筒の貨物用蒸気機関車だ。 1980年に東ドイツではザールフェルド等まだ各地で活躍していた。 バババ,バババ、と3気筒独特のブラストで1000トン以上の貨物を牽いていた。 日本のD52に相当するかと思われる。 これは楽しみだ。 昨年同様、フランクフルト空港でレンタカーを借りた。 今回借りたのも昨年同様、黒の911カレラのオープンカーだった。 ネルトリンゲンへ向かうためGPSをセットすると距離は157kmとでた。 いつも乗り継ぎが悪くDBでは3時間近くかかるが、アウトバーンを飛ばすと2時間ちょっとだ。 今回はポルシェでお邪魔することにした。 平均時速200kmでアウトバーンを巡航できるので予定より早く着いた。 途中から一般道へ降りた。 バイエルンの農村風景は美しい。 緯度が近いせいか牧場が点在する北海道にそっくりの風景が広がる。 いくつか小さな村を抜けていくが、鉄道模型のファーラーやキブリで見るストラクチャーを見ているようなオレンジ色の屋根の家並みが続く。 村の中心には小さな教会の塔が必ずある。

バイエルン鉄道博物館はネルトリンゲンの駅の裏にあった。
かつては機関区だったらしく、ターンテーブルを中心に長方形の機関庫が並び立っていた。 近くの跨線橋からずらりと機関車の列が見下ろせた。 ホームからも懐かしい103型電機や有名な電気機関車が見えた。








01 066はどこかと尋ねると右端の庫の奥だとのこと、勇んで駆けつけるが、前回スイスから新しく購入したという西独型の01 180が左手前にいた。 デフが外され、なにやら修理中だ。

01 180

01 180

01 180

01 180

01 180

01 180
キャブで溶接をしていたティモ(Timo)さんに伺うと、この01は近く動態復帰して走行するとの返事だった。 にわかには信じられず、聞き直すとこの9月中に走り出すという答えだった。 マイニンゲンなどの蒸気機関車専門の工場に行かず、自分の所で直してしまうところが凄い。 機関庫の裏のヤードを探すが01 066はいない。 奥に行くに連れ、ほとんど廃車のような機関車ばかりだ。 昨年見た01 024が昨年同様、荒れ果てた姿で佇んでいた。

01 024

01 024の動輪 (01 024はBEMが01動態機維持目的で部品取り用に確保してある機関車)
もう一度、入り口へ行き尋ねると、機関庫の奥だという。
改めて庫の中に行くと先ほどの01 180の奥に01 066の長いデフが見えた。
原型機の01は西独型の01の奥にいた。

01 066
01の縱並び、ファンにはたまらない光景だ。 こちらは煙室の扉が半分開いていて何やら修理中だ。

01 066

01 066

01 066

01 066

01 066
他にこの庫にいたのは週末に走る44 2541としばしば運行されると聞く41 1150だ。 ということはこの庫は動態保存の機関車のメインテナンスに使われているのだろう。
じっくりそばで眺められるのはうれしいが、やはり原型01が走るところを見たい。
入り口の近くの一番大きい機関庫へ入る。 バイエルンの女王、S3/6がいた。 こちらもボイラーの回りが剥き出しで明らかに修理中だ。



恐らくこちらも動態に復帰すると思われる。
いったい日本の蒸気機関車は何両動態だろう。 ドイツではこの博物館だけで最低5両は動く準備をしている。 しかも世界の名機01と3気筒の44型と4気筒の18型だ。
日本ではC57こそ2台が健在だが、C62やC53が21世紀の今日、本線を走るのは想像すらできない。 日独の蒸気機関車運転の質の違いはかなりのものだ。
日曜日になった。 再びネルトリンゲンへむかう。
初夏のバイエルンの風景は牧場が広がり美しい。 北海道の風景にそっくりだが、緯度的にも近い。 ネルトリンゲンのホームへ駆け上がると太いボイラーが見え44型機関車が煙をあげていた。 キャブへ向かうとデトレフさんが手を振っている。 今日は機関車に添乗させてくれるという。 うれしいがたまには走行写真をとっておきたい。 今日の列車はZeenland expressという名で午前、午後と一回づつGunzenhauzenを往復する。 午前中は44を追っかけ、撮り鉄に専念することにした。
発車5分前の10時15分にネルトリンゲンを離れる。 ドイツは一般道も速度制限は時速100kmだ。 名著「01逢いたや」で斎藤晃さんが01の追っかけをされている。 アウトバーンをフォルクスワーゲンで先行しようとするが時速120kmで快走する01にあえなく抜かれてしまうシーンがある。 幸いわが2013年式ポルシェ911は俊足だ。 軽く加速して時速120kmで走ったしかし44も貨物用機関車とは思えないくらい速い、客車3両しか牽いてないせいか90kmは軽く超えており油断するとあっというまに先行される。

土地勘が無いので何とか地元のテツがいるところで撮りたい。 しかし、撮り鉄はドイツでは少ない。 運良く明らかに追っかけをしているバイク2人組を発見、後について行くことにした。 ドイツ人は人懐っこい。 「ポルシェで蒸気の追っかけかい?かっこいいねー。」と笑顔でつきあってくれた。 何度か撮影のチャンスがあったが、逆光だったり、全く煙があがらなかったりうまくいかなかった。


1時間あまりでグンゼンハウゼン(Gunzenhausen)に着いた。 機関車はここで列車の反対側についた。 ターンテーブルが無いため着回しができず、帰りは逆向きになった。 乗客達が機関車に集まって、記念写真をとるのは東西変わらず同じだ。

グンゼンハウゼン駅で44に集まるファン達
午後の列車はいよいよ44型の添乗だ。 デトレフさんはこの日、見習い機関士のマックス(Max)さんと機関助手のウルフガング(Wolfgang)さんと3人乗務だ。

機関士見習マックス(Max)さん

機関助士ウルフガング(Wolfgang)さん
2名とも若い。 蒸機保存は後継者がいなく大変と聞いていたがここバイエルンでは心配なさそうだ。 出発前に機関車の前でクルーが記念撮影をしていた。 車掌さん達は去年もお世話になった人達だった。

クルー集合写真、左から三人目がデトレフ・メゴウさん

画像は拡大できます
デトレフさんがホイッスルを鳴らした。 長笛2声、発車、3気筒独特のせわしいブラストですばやく加速していった。

しばらくすると,見習いのマックスさんに交代した。 デトレフさんが色々と指示する。 ドイツ語でさっぱりわからないが、マックスさんはきびきびと運転している。

キャブは結構せまい。 そして時折給炭があり火が見え、暑い。 運転台から顔をだすと美しいバイエルンの野原が広がった。






あっというまに1時間がすぎ、架線の線路が近づいてきた。 ポイントを渡り終着駅Gunzenhauzenに到着だ。
機関車を降りると手、服、顔、靴全て煤だらけで、真っ黒になってしまった。
地元のファンが「どうだい?キャブは楽しいか?」と聞いてきた、
最高だけれど、といいながら煤だらけの手を見せると大笑いだった。

しかし共産圏の東ドイツに行った時は蒸機の撮影すら緊張した。 機関車に触れることは絶対に許されなかった。 あれから30年数年後の統一ドイツに01や44型といった世界を代表する蒸気機関車が保存され、修理され、動態保存への努力がされている。 蒸機運転日には老若男女が集い楽しんでいる。 そして蒸機運転の技術が若い世代に引き継がれていく。 あの頃見えなかった未来は明るかったのだ。
列車はネルトリンゲンに引き返した後44のクルー達は火床整理やメンテナンスの仕事が続いた。

残務が一段落して戻ってきたデトレフさんに大木茂さんの写真を渡した。 ドイツの蒸機の写真と最近の写真集からのものだ。 客車のステップに腰掛けて、一枚一枚めくっていると,残っていた人達が集まってのぞき込みだした。 そして写真の美しさに驚嘆の声があがった。 日本の風景の美しさとドイツの18型機関車の流し取りには感心しきりだった。 一人がこうつぶやいた。
「日本人も蒸機が好きだな~。 機械好き、技術好きなところはドイツ人そっくりだ。」
日も落ちてきた。 庫から見える01と親切にしてくれたスタッフに別れを告げ、暮れなずむネルトリンゲンを後にした。
今回で01中毒は治った? ・・・多分、大型蒸機コンプレックスは改善した。
しかしますます01が好きになった。 今回も01が走る場面は見れなかった。 次に01に逢えるのはいつの日か、、、その日まで私の「01逢いたや」は続くのだ。
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